亡霊惑星(怪談、 冒険者、 異能 )

朝倉亜空

亡霊惑星 

 常識とは何か?

 それは思索、探求において最も忌むべき敵対者であろう。

 無尽蔵なる未知の宝庫、無限の暗黒空間、大宇宙には我々の浅はかな常識では図ることのできない事象が現実として存在しているのである。


 地球を遠く離れることおおよそ1308万光年、俺は今、惑星探索用ロケット「ワンダーシード二号」の中にいた。向かうはツキノワクグリグマ座星雲だ。規模としては中程度のその星雲には何があるのか? 知的生命体の存在や利用可能資源の存在可能性など、その調査、探索を任されて打ち上げられたのが「ワンダーシード」であった。しかし、ワンダーシードはその任務を果たし終えることもなく、星雲内を飛行中に発生した不慮のトラブルにより、爆破分解してしまった。

 パイロット・キタグチの「もう駄目だァーっ!」という叫び声とその直後のけたたましい爆発の大音量を、地球の宇宙開発本部にある、超光速ワープ電波伝送機がほぼリアルタイムに伝えたのを最期に、通信は途絶えてしまっていた。

 というわけでワンダーシード二号のお出ましとなり、俺がその中にいるのだ。  

 その目的は初号機と同じ、いや、更には初号機の状況把握も加わっている。ま、宇宙空間で大爆発したともなれば、あらゆるものが四方八方に自在拡散し、おそらくは何も見つかるものはないだろうが。

 ワンダーシードと宇宙開発本部とは一週間ごとに継続的な通信を行っていた。よって、どのような航路をたどって進行していたのかは大体つかむことができていた。そして、最期のトラブルの場所もおおよその見当もついていた。俺とワンダーシード二号はそのあとをトレースし、進んでいけばよかった。

 別段、何の問題もなく、ワンダーシード二号は進んでいっていた。順調だ。そして、初号機が爆発を知らせた辺りに近づいた時、やや遠目、目視ができるほどの距離に、俺は一つの惑星の存在を確認した。きっと、キタグチもそこを目指したのではあるまいか。よし、俺も行ってみよう。ワンダーシード二号の進行プログラムをその惑星に定めた。

「シード二号、俺が今見ているあの惑星に向かって進んで行ってくれ」

 俺はそう発声した。

 発声すなわち進行プログラムの設定完了後、了解しましたと機内スピーカーから遺伝子レベル女性相当の生成音声がして、ワンダーシード二号はその進行方向をかの惑星に向けてぐぐー、とゆっくり方向転換し始めた。了解しました、は俺にとってはちいっとも失礼だとは解釈していないので、そう言うようにプログラムを組んでいる。ちなみになるほど、もね。と、その時!

 機内に金属同士が強くぶち当たり、擦れ合うような、ガゴンガオン、キキキギイイーという音が聞こえ、ワンダーシード二号はガタガタ揺れながらググイーンと急激な方向転換運動に変わった。そのまま一直線に目指す惑星に向かって突っ走っている。ジェットエンジン部がいかれたのか、船体をグルグルとローリングさせ、猛烈な速さを出している。ヤバい! このままでは衝突を免れ得ない! 俺は必死に操縦席正面のコントロールレバーやスイッチボタンのあれやこれやを操作するのだが、一向にらちが明かない。そうこうしている間にも正面の強化ガラス窓いっぱいにどんどん惑星が大写しになっていく。回転しながら迫りくる薄緑色した巨大な球体がとてつもなく恐ろしく見えた。ワンダーシード二号はとんでもないオーバースピードでその惑星大気圏に侵入した。恐怖で俺の意識はブラックアウトし始め、俺の脳裏を「死」という言葉がかすめていった……。


「そろそろ気が付いたようですね」

 ぼんやりとした意識の中で、俺がうっすらと目を開けると、着用している隊員服の襟元に内蔵されている宇宙多言語同時翻訳チップから音声が聞こえた。俺はベッドの上にあおむけになって寝かされていた。その俺の顔を上からのぞき込む顔があった。それはヘチマのように顔の真ん中でねじ曲がった亀だった。人間サイズの。その目が笑った。

「ここは……? 俺は生きているのか……」

 息を吐くような弱弱しさで俺はつぶやいた。と同時に翻訳チップからなにやら異音が流れ出た。亀語だな。

「ははは、ちゃんと生きてますよ。しかしあなたは運がいい。よくもあんな大事故で」

 ヘチマ亀が話すと同時に翻訳チップが俺の耳元で発声した。ロケットのエンジントラブルのどさくさで翻訳チップの電源はオンになっていたのだろう、見事な翻訳パフォーマンスを示している。

「私を助けてくださったんですね。有難うございます。……私は地球という星からやってきました。名前はヒロセ・ゴロウと言います。ここは、なんという星ですか?」

 俺は寝たままでゆっくりと話した。

「ここは惑星ジャンルデッスと言います。私はジャンルデッス星人のッィッッンエパとみんなから呼ばれています。ですから、それが私の名前でしょうか。あなたもそう呼んでください、ッィッッンエパと」

「あ、はい」

 こんなに言いにくい名前をよくぞ翻訳チップは表現できたもんだと感心した。

「それで、私はいったい、どうなってしまったんでしょうか。知っていれば教えて頂けませんか。何一つも覚えていないんです……」

「はい、いいですよ……」

 ッィッッンエパの説明によると、ワンダーシード二号の墜落した場所と時期がよかったんだそうだ。ちょうどジャングルの完熟発酵腐蝕期で、この地方の密林一帯がドロドロに溶けきっており、腐葉土と樹液が巨大な山のように盛り上がったところへ落下したのだという。そのクッション作用及び冷却効果でワンダーシード二号は大破するに至らず、また、中に乗っていた俺も何とか一命を取りとめたというわけだった。その俺をッィッッンエパが介抱してくれ、今、俺は意識を取り戻したところである。

「ところで、ワンダーシード二号……、私が乗っていたロケットはどうなりました?」

 徐々に体調が戻りつつあった俺は半身を起こしながら訊いた。

「ああ、あれね。ありますよ、落下地点に。少ししたら、見に行きますか? 当然、かなり壊れていますけど」

 ッィッッンエパは言った。

「いや、今、見に行きたいです。少し、元気が出てきましたので、軽い散歩くらいならできるでしょうし」

「そうですか」

 俺はッィッッンエパに連れられて部屋の外に出た。

 惑星ジャンルデッスは地球によく似ていた。ただ、全体に緑色光彩がかっていて、実際には砂地や河川があるんだが、大草原が地表を覆っているように思えた。この星の太陽に相当する恒星も妙に緑っぽい。周囲を見渡したところ、ジャンルデッスの生活水準は地球の産業革命のレベルあたりか。レンガ状の鉱石で壁をこしらえた建物、自発光する金属で出来上がったビル群、簡素に整備されている道路が町を構築している。驚いたのは、亀顔のジャンルデッス星人以外にも、三つ目のカエル顔や、トロリとしたマシュマロとアリクイの合いの子のような者、遅々として動かぬ岩石状態の者など、多種多様な知的生命体が多く存在していることだった。

「いろんな星の人たちがいるんですね」

 歩きながら、俺はッィッッンエパに言った。

「ええ。ここはそういうところなんです。少しづつ、移住異星人が増えていって、今ではジャンルデッス星人とほぼ同数じゃないですかね」

「へー。そりゃ、多い」

「でも、助かるんですよ。ジャンルデッス星人の人口密度は極端に小さい。もともと過疎惑星なんです。だから、少しづつでも他星移民が増えていくことは喜ばしいことだと思っています」

「なるほど。そういうことですか」

 ほどなくして俺たちはワンダーシード二号の墜落地点に到着した。

 山積もりになったドロドロの樹液 混じりの腐葉土のてっぺん辺りに、確かにワンダーシード二号はやや突き刺さり気味になって横たわっていた。羽根はバラバラにもがれ、ジェットエンジン噴射口は真っ黒に焼け焦げ、機体のあちこちは凸凹にへこみ、穴も開いている。さらには、あたり一面、つんとした腐ったような、かびたような腐葉土特有の物凄い悪臭が立ち込めていた。

 俺はその腐敗物に山頂に向かって歩き出した。ワンダーシード二号にたどり着いたときは下半身は汚物でべちょんべちょん、二度ほど手をついてしまったので両手のひらも悪臭を放つそれでぬったくたになってしまっていて、ひどいもんだった。病み上がりでこんなことはするものではないな。

 ワンダーシード二号の、ドアが吹き飛んでむき出しになっている搭乗口から中に入った。最前部の操縦席に近づく。しばらくその辺りをごそごそ手で触りだした。

「あったぞ」

 俺は地球本部との連絡に使う携帯通信端末を探し当てた。何百年も前にあったスマホと呼ばれていたものにそっくりな形状をしている。

 端末のスイッチが入ることを確認し、俺は本部と交信した。救難要請だ。通信員に惑星ジャンルデッスの位置情報を伝えた。端末を隊員服のポケットにしまい込み、俺はワンダーシード二号の外へ出ていった。はじめにいた場所まで降りていこうとした時、迂闊にも足を滑らせ、ズズズルルーと腐葉土の山を流れ落ちていった。

「あー、こりゃ参ったなー」

 つま先から頭のてっぺんまで全身が腐葉土まみれとなった俺は哀れな声を上げた。

「あははは。散々な格好だな。ホラ、手を貸してやるよ。捕まんな」

 そう言って、寝転がったまんまの俺に手を差し出す者がいた。

「あ、ありがとう。助かるよ……」

 俺は相手の手をつかみ、立ち上がらせてもらった。仰天した。

「お前……!、キタグチ……」

 紛れもなく、ロケット大破で死んだ男の姿だった。

 まさかキタグチの亡霊がこの惑星に存在していたとは。

 俺には特異な能力があって、それは死者の霊を認知することができるのだ。亡霊は物を触ったり会話もできたりもするので、俺にとって生きている人間との区別が結構難しい。ポルターガイスト現象は、亡霊が持ち上げたガラスコップを投げ飛ばしたり、机を両手で抱えてガタガタ揺らしたりしているのだ。なので、今も、もしキタグチが爆死していることを知っていなければ、生きているものと勘違いして俺は普通にキタグチと挨拶を交わしていただろう。

 ここで少し説明すると、死者は誰もが亡霊となって現れるというわけではない。この世に未練や悔しさ、残念な思い、無念感を残している場合はよく現れる。老衰や望んで自殺するようなときはまず、化けて出るようなことはない。キタグチも、思いがけない不慮の大事故で、さぞや無念の思いを抱え込んだのであろう。それで、爆発地点から最も近くにあった惑星ジャンルデッスに亡霊として舞い降りたというわけか。

「久しぶりだな、ヒロセ」

 キタグチが笑顔で俺に語り掛けてきた。

「あ、ああ。キタグチ、お前……」

 生きてたのかとは、俺は言えなかった。だから、代わりにはっきりとこう言った。

「キタグチ、お前はもう、死んでいる。亡霊なんだよ!」

 それを聞いたキタグチの何とも悲しそうな顔を俺は決して忘れられないだろう。何かを言いたげに口を薄く開いたまま、キタグチの亡霊は実体感を無くしていき、程なくして空中に溶け込むように消えてしまった。……これでいいのだ……。

 これは俺のもう一つの特異能力である。

 この世にさまよう亡霊を消し去る力、浄化亡霊能力だ。俺は「浄霊パワー」と呼んでいる。俺が亡霊に向かってはっきりと、もう、生きてはいないこと、死んでいるのだと言い渡すと、その亡霊は消えて無くなるのだ。やはり、亡霊は現世にはいないほうがいい。生者にとってもそうだし、死者にとっても恐らくはそうに違いない。

「あ……、あんた今、な何をしたんだ……」

 声のした方へ振り向くと、ッィッッンエパが震える指先で俺を差し、恐れ、非難するような眼差しで見てきた。

「えーっと、少し驚かせてしまったようですね。今の人物は生きているように見えて、実はもう死んだ人なんです。この世に何かの未練でもあって死にきれず、亡霊として現れていたんでしょう。だから、私が、まあ、霊界に帰す、とでも言いましょうか、この世から消してあげたんですよ。……て言うか、あなたも今の亡霊、キタグチのことが見えていたんですか? もしか、あなたも霊が見える能力をお持ちなんで……」

「今の彼が亡霊なのはすでに知っている! 亡霊同士は亡霊が分かります!」

 ッィッッンエパは怒気を含めて言った。

「え⁉」

 ッィッッンエパの意外な言葉に俺は驚いた。

「彼の霊をこの惑星ジャンルデッスが引き寄せたんだから。おそらく、彼のロケットを故障させたのも、あなたのロケットがここに落ちてきたのもジャンルデッスの仕業でしょう。あなたはたまたま生きていられたけれど、ジャンルデッスは本来、あなたの亡霊が欲しかったんです」

「……」

「この星はとても奇妙な星でね、死者の霊を引き寄せる作用が働く星なんです。もともとジャンルデッス星人の人口は、極端に少ない。おまけにある時、大変な災害に見舞われてしまい、ジャンルデッス星人は全滅してしまった。その後、惑星ジャンルデッスは亡霊を集約することをし始めたんです。そして、知的生命体を増やしていくために、ジャンルデッスのそばを通る宇宙航行者を強引に引き寄せ、その乗船者を墜落事故死させ、亡霊人口数を少しづつ増やしていってるんです。亡霊惑星なんですよ、ジャンルデッスは!」

「……」

 ここの人たちはまさかみんな亡霊だったとは。

「あなたはその霊を消す嫌な能力で私たち全員を消し去るつもりなんですか!」

「い、いえ……、そんなことをするつもりは……」

 その時、ポケットの中から携帯通信端末がコール音を鳴らした。

 俺は端末を取り出し、耳に当てた。

「こちら宇宙開発本部。さきほどのそっちの位置情報を再度確認し、再送信してほしい。惑星らしきものは確認できないのだが。データ間違いの可能性はないだろうか。ただ、調べたところ、少し気になることが発見された。今から869年前に大きさ海王星クラスの超巨大彗星がその地点を通過したことが分かったんだが、ちょうどそのポイントで、非常にごく微妙に彗星の飛行軌道が角度を変えているんだ。この事実から分かることは、おそらくはその地点にもともと存在していた惑星とギガクラッシュし、その惑星を木っ端微塵に吹き飛ばしたであろうということなんだ。したがって、現在、その地点には何も存在しないはずなんだが……」

 なんと! さっき、ッィッッンエパが言った大変な災害とはこのことだったのか。大昔に惑星ジャンルデッスは消滅していたなんて……。

「と、ということは、ジャンルデッスはとっくに死んでいる星なんだ! 亡霊惑星とは亡霊が集まる惑星の意味だけじゃなく、惑星自体が亡霊化しているということか!」

 思わず俺は大声で叫んでしまっていた。

 その瞬間、スススス、サラサラ……と、どこからともなくものが崩れるような妙な音が聞こえ、目に見えるものすべてがぼう、と半透明化してきた。大地を踏みしめる感覚がふわふわとおぼつかない。どうやらジャンルデッスに俺の「浄霊パワー」が発動したらしい。

 あっという間に何も無くなった暗黒の宇宙空間で、息のできない俺一人が手足をバタバタさせながら、窒息死するのを待っていた。

 無念を残して死んでいく俺の亡霊を引き入れてくれる惑星は、もう、ない。


 

 

 

 




 

 

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