第35話 苦い過去 side she
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好きだと言われて素直に嬉しくて。
でも、これ以上距離を縮めるのは怖くて。
皐月さんの腕の中で首を振る。
思い出すのはあの人の事。
きっと私は同じ事を繰り返す。
あれはもう3年前。
私には付き合っていた人がいた。
製薬会社勤務での彼とは外来終わりの診察室で初めて会い、何度か会ううち気が合って交際を申し込まれて頷いた。
クリスマスイヴ、基本週末が休みの彼と不規則な私の休みが奇跡的に重なり、せっかくだからとお互いお洒落をして彼が予約してくれたレストランへ行った。
美味しい食事をして、最後のデザートを待っている時、彼は私にプロポーズしてくれた。
・・・正確には、しようとしてくれていた。
『美乃莉、俺と結婚、』
彼が言い掛けたその時、バッグに入れていた私の携帯が震えて、ヴー、ヴーと不快な音を立てて。
その表示を見て私は、・・・掛かってきた電話に出てしまった。
化粧室で話を終え、病院には行かなくても良さそうだとほっとしながら戻った頃には彼の微笑みは消えていて、一言『大変だね』と言ったきりテーブルに置かれていたデザートにフォークを刺した。
さっきまでのふわふわと甘い空気はどこにも無く、ただ二人で黙々とケーキを食べ帰りのタクシーの中でもほぼ無言。
そして、クリスマスの翌日、彼は私に言った。
『美乃莉の仕事に対する姿勢は偉いと思うし、尊敬に値するものだけど
でも、もう少しは俺の事も考えて欲しかったと思うのが本音だよ。
君の事は本当に好きだったし、結婚したいと思っていた。
でもさすがにプロポーズの最中にまで仕事を優先されるとさ・・・
・・・もう別れよう?俺には無理だ』
あの人は本当に優しくて、ワーカホリックな私をいつも気遣ってくれてて・・・
休みが合う日は仕事を思い出さなくて済むように旅行に連れて行ってくれたり。
なのに・・・最後に見たあの人の顔は苦しそうで。
彼が何も言わないのをいいことに彼を蔑ろにしていた事にやっと気付いてももう手遅れで。
別れようって言われて、頷くしかなかった。
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皐月さんの腕の中はとてもあたたかくて心地よくて、でもそれ以上に苦しかった。
・・・言わなきゃ、ちゃんと。
涙を拭い顔を上げると、「泣き止んだ?」とまだ少し濡れたままの頬に手を添えられる。
「・・・少し、昔話をしてもいいですか」
私はその手に自分の手を沿え軽く握ると、そっと、自分から離した。
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