第29話 兄の言葉 side she
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兄の店で倒れた人は、脈は弱いものの再び心停止する事はなく病院に着いた。
家族の方には大袈裟に感謝され、後日あらためてお礼をなんてのを「仕事ですから」と丁重にお断りし、症状などの引継ぎをして帰る。
と思ったところで店にバッグを置いてきた事に気付いた。
財布も家の鍵も入ってる。
・・・さて。
と考え始めたところに電話が入った。
相手は兄で、バッグは預かってるから店に寄れという事だった。
「皐月に感謝しろよ」と言って電話が切れる。
・・・そっか、皐月さんが気付いてくれたんだ。
タクシーで兄の店に向かう間、皐月さんの事ばかり考えていた。
初めて一緒に食事をしたのに、変に肩に力を入れずに過ごせた。
話題が豊富で、楽しくて。
あんなに沢山食べたのに、笑って、・・・可愛いって。
―――マズイ。
私、あの人の事、本気で好きになろうとしてる。
・・・あの人に嫌われたくない。
どうしよう・・・。
10分程で兄の店に着くと、「ほれ」とバッグを差し出される。
「アイツ、先帰ったから。ちゃんと礼言っておけよ」
「うん・・・」
ちょっとは女の子らしくと思って選んだピンクのバッグを受け取ったけれど、その場から動けなかった。
「兄さん・・」
あの人は絶対にいい人で。
優しくて。
でも、
「どうしよう・・・」
呟いた私に、ポンと頭に兄の手が乗ってくる。
昔から仲が良く、相談相手にもなってくれてた兄はきっと今の私の事を分かってる。
だからほら。
「アイツは、いいヤツだよ。
いつまでも昔のことを引き摺るな。
アイツはちゃんとそのままのお前を見て、受け止めてやれる懐の広い男だよ。
お前を預けても大丈夫だって、兄の俺が保証するよ」
「・・・本当に、そうかな」
あの人のことをよく知ってる兄に背中を押されるけれど、胸の中にある古傷が前に進むのを躊躇わせる。
「お前も、逃げてないでちゃんとアイツを見ろよ。
それでダメだと思ったなら仕方ないけど」
苦笑した兄は最後に「きっと心配してるから、連絡だけはしてやれよ」と言いながら髪をぐしゃぐしゃにした。
「ちょっと!」
「真っ直ぐ帰れよ。んで、結果出たらちゃんと知らせろ」
兄はそれだけ言うとまた厨房に戻ってしまって、私は決心のつかないまま店を出た。
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