第27話 残された俺



彼女は、到着した救急車に救急救命士が乗っていないことを知ると、店にいた患者の家族と同乗して病院に向かった。

数分前に心停止から蘇生させてくれた医者が一緒だ。患者もその家族もさぞかし心強い事だろう。

救急車が行ってしまうと、一気に喧騒が戻ってくる。


「ビックリしたねー」

「初めてだよー私。こんなんに遭遇するの」

「AEDってあーやって使う物なんだな」

「お医者さん、凄かったねぇ」

「今度の救命講習ちゃんと聞いておこー」


凄かったねの声に俺はまだ彼氏でもないのにちょっと鼻が高くて「そうだろ?」って思ったり。

でもそんな中、チャラいっぽい若い男の声が不快な台詞を発する。


「あの医者のおねーさんカッコ良かったな。オーナーさんの知り合い? 紹介してよ!」


思わず「ざっけんな」と声に出してしまった。

向こうには聞こえてないだろうけど。

ムカムカしながら炭酸が抜け始めて苦味が強くなったビールを一口飲んでいると


「あー、あの子はダメ。すげえのがもういるから(笑) その辺のオトコじゃ無理だよ」


優人が笑いながらばっさり切った。

・・・すげえの、って、さ?

俺って事でいいんだよな?

もしくはお前に可愛い妹はやらねえよって言う牽制か。それ俺にも向いてたらどうしよう。


言った本人に確かめようにも、さっきの騒ぎの直後で高揚した客の注文が増えて優人は忙しそうで。

これを飲んだら帰ろう。

残り少なくなった不味いビールを一気に流し込み席を立つ。

すると、さっきまで彼女が座っていた椅子の背凭れにパールピンクのバッグが置いてあるのに気が付いた。

彼女が持っていたものだ。


・・・これ、ちょっとヤバくね?

多分携帯も財布も家の鍵も入ってるよな?


「優人、これ彼女の忘れ物。

多分、家の鍵とか入ってると思う。ヤバイかも」


今日は休みだって言ってたから長時間は病院にいない、ハズ?

どうなんだろう。

でもとにかく、連絡も出来ない以上、ここに取りに帰ってきてくれるのを信じるしかない。

そう思って預けたのに、優人はあっさりと「じゃあ、病院に電話しておくわ」と受け取った。

・・・ああ、そうだ。

言われて初めてそれに気付く。

どうやら俺もテンパってたらしい。そこまで頭が回らなかった。

優人の了解を得、会計をして店を出る。


最後はアレだったけど予定より少し早く終わった初デート、もどきは楽しかった。

そして当然予定外の一人の帰路。

俺は次に行く店を考え少しの寂しさを紛らわせた。




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