第26話 医師の顔



あらかた料理が無くなって、後は追加で頼んだデザートを待つだけ。

優人の友達ってのも手伝ってか、美乃莉ちゃんは大分俺に打ち解けてくれた気がする。

今度来る時はこれも頼んでみません?って、自然に俺と食事することを前提に話してくれてるし。

もうさ、俺の中では既に彼女だよね。


「やっぱり盛り合わせにするんだったかなあ・・・」


既にティラミスをオーダーしたのに、まだデザートメニューを見ながら悩んでるのも可愛い。

完全にアバタも笑窪ってヤツだよ。


「もう注文しちゃったし、またにしようね(笑)

美乃莉ちゃんの食べっぷり見てて気持ちいいし、俺も気兼ねなく食えるし、絶対また一緒にメシ食いたい。

後でアカウントID教えて?絶対誘うから」

「食べっぷりって!」

「褒めてんだよ?俺は好きだね」

「・・恥ずかしいです」


・・・なんか、いい感じだと思うのは俺だけ?

メニューで顔を隠すも目はこっちを見ていて、それがまた。


「美乃莉ちゃん可愛いわ(笑)」

「もう!」


なんかもう、暫く待つとかやめて『彼女になって』って言いたくなっちゃうじゃん。

ちゃんとした大人なのにこんなに可愛いとか、たまらんでしょ。

そんな風に、なんとなくいい感じに部屋の空気が甘くなってきてたのに。


数瞬後、それを切り裂いたのは大きな声で彼女を呼ぶ優人の声だった。


「美乃莉!!大至急フロア来て!お客が倒れた!」


バタン!と勢いよく入ってきた優人の顔は見た事もないくらい焦っていた。

優人のその声に、彼女はビール3杯飲んだとは思えない素早さで立ち上がり


「すみません!ちょっと行って来ます!この埋め合わせは絶対!」


そういい残して部屋を出て行く。

その顔はさっきまでの頬を赤くしてた女の子じゃない。

ふわふわのスカートを穿いていても、その表情は完全に一人の医師のものだった。

一人残された俺は、開けっ放しのドアから向こうの様子を窺う。




医師です。開けてください。

心停止してます。呼吸も。兄さん、AEDと救急車!!

この方のお名前は?

○○さん!聞こえますか!?

皆さん、離れてください!

○○さん、しっかりしてください? 今救急車来ますからね!



誰もが固唾を飲んで見守っているのだろう、店の中に彼女の声だけが響いている。

患者の心臓はまた動き出したのだろうか。


あの顔を見るのは2度目。

こんな時に不謹慎だけど、俺はやっぱり君が好きだと思ってしまった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る