第20話 微妙な距離



彼女の兄、優人ゆうととは中2で出会った。

今所属している芸能事務所に履歴書を送ってみろよと言った張本人だったりする。

応募したのは当時大々的に行われたオーディションで、『受かる訳ないだろ。ネタだよネタ(笑)俺も出すから』とふざけていたのに、まさかの俺の合格。事務所の入所に責任を感じてか、それ以来折に触れて気を遣ってくれた良き友人だ。

全国でも有数の建設会社の創業者の孫でありながら、それを驕ることなく周り皆に優しくそれでいて面白い、クラスの人気者だった。

大学に入ってからは、学費以外の必要なお金は自分で稼げという彼の家の家訓によりバイトで忙しくしていた優人と、デビューして間もない俺とでは時間が中々合わなくて遊ぶ時間は減っていってしまったけれど、それでも時々は何人かの友人と一緒にメシを食ったり年に1度は1泊旅行に出掛けていたりもした。

それこそ6年前、優人がイタリアに行ってしまうまで。


「俺が芸能界に入るきっかけを作ったのもアイツ(笑)

昔から知ってる分、変な気を遣わずに普段の自分でいられる数少ない友達だよ」


優人は7人兄弟で、上に兄が三人と姉が二人、そして妹が一人いるとは聞いていた。

上の5人とは会ったことがあるけど、何故か2歳下だという妹だけはタイミングが合わなくて今まで会った事が無かった。

その妹が、今目の前にいる。

一人の女性として気になっている彼女が。


「あらためて、皐月隼人です。

出来たら、お兄さん同様堅苦しくない付き合いをして欲しいけど、どうかな」


友人の妹という微妙な距離に、どうしたものかと考える。

下手に手を出したら彼女と友人、いっぺんに失くしてしまう。


「・・・榊、美乃莉です。先日は本当にお世話になりました。

兄も、お世話になってたようで・・・兄弟共々、よろしくお願い致します」

「・・・よろしく」


たった今『堅苦しくない付き合いを』と言ったばかりなのに、思いっきり堅苦しく挨拶してくる

彼女に苦笑するしかない。


「とりあえず、食べようか。好き嫌いは?」

「あ、無いです」

「それは素晴らしい!

ここってさ、よく来る?美乃莉ちゃん的オススメとかあったら教えてよ」


雰囲気を変える為、多少テンションを上げて喋り、いきなりは馴れなれしいかなと自覚しながらも名前呼びして強引に距離を縮める。

本当はすぐにでも彼氏の有無を確かめたい。

でも、こうなった以上、今日は無理なんだろうなと半ば諦めていた。


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