第21話 恩人じゃない



いつも一人の時はカウンターの一番奥の席に座って、ビール以外はおまかせで頼んでいたから

今日初めてメニュー表をちゃんと見る。


「カプレーゼって好き?」


盛り付けの色合いが綺麗で、どうかなと訊くと


「はい。あの、兄の店で何なんですけど、ここはご馳走させてください。

この間の、ちゃんとお礼をしたいとずっと思っていたんです」


パタンとメニュー表を閉じた彼女が、またそんなことを言い出す。

本当に俺は大した事してないし、アレで充分だとさっきも言った筈。

大体、お礼の代わりって事でここに付き合ってもらったのに。

俺は、ふーっとひとつ息を吐き、こちらを見たままの彼女に告げた。


「それは、ダメ。俺が誘ったんだし、この前のは礼が欲しくてした訳じゃない。

・・・美乃莉ちゃんがあんまり気にしてるから口実に使わせてもらったけど、今日はただ美乃莉ちゃんと一緒にご飯が食べたかっただけだよ。

・・・君の事を、もっと知りたくて」

「皐月さんさん・・・」


俺は恩人になりたい訳じゃない。

いつまでもあの時のことを引きずって欲しくなくて、本当の気持ちを正直に言う。

言った後、もうこれは半ば告白だと腹を括るとビールで唇を濡らし、じっと彼女を見つめ、そして、目を見開いた彼女に微笑みながら続きを言った。


「美乃莉ちゃん。単刀直入に訊くけど。今、付き合ってる人はいる?」


2つ下ってことは32歳。

コンビニ弁当を買ってたところを見れば独身だろうけど、

このスタイルに、ちゃんと見れば美人だし。恋人がいたって全然不思議じゃない。


「・・・それは、いませんけど・・・」


急にこんな事を言われて戸惑ってるのがありありと分かる。

俺を見ていた視線がきょろきょろと左右を彷徨って、最終的にゆっくりまた俺に俺に戻ってきた。


「けど?」


ねえ? 俺はなんとも思っていない子に彼氏いる?なんて訊かないよ。


「・・・いえ。何でもないです・・・」


曖昧に微笑む彼女は何を考えているんだろう。

どうやって断るかを考えてる?

だとしたら、ちょっと待ってよ。


「俺もね、今彼女はいない。

俺が今一番気になってるのは美乃莉ちゃん。キミだよ。

いきなり付き合ってとは言わない。

お互い殆ど知らないし。

だから、時々こうやって一緒に食事したり、同じ時間を過ごしてくれないかな」


多分、キミが思ってるより、俺は普通の男だから。



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