第14話 ピザのことです。 side she
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夕方近くにマンションに帰ると、エントランスではやっぱり井上さんがニコニコとお帰りを言ってくれる。
「井上さん、お疲れ様です」
「榊様、恐れ入ります。髪を切られたんですね。よくお似合いになってます」
「本当に?そんなの、誰も言ってくれる人いないから嬉しいです」
美容師さんは言ってくれるけど、あれは違うもんね。
今は彼もいないし、同僚はそんな事気にもしない。
とか話していると、突然後ろから「こんにちは」と声を掛けられた。
「!!」
皐月さん・・・!
爽やかに微笑みながら立っているのは、先日お世話になった国民的アイドル。
笑顔が、笑顔が眩しいよ。
「先日は美味しいものをありがとう」
それって、あの缶詰の事よね。
本当にあんなもので良かったのか、渡してもらってからも結構悩んだ。
手紙も頂いたけど、社交辞令って事もあるし。
けど、皐月さんはわざわざネットで検索して注文したって。
それくらい気に入ったと言ってくれてやっと胸を撫で下ろす。
でも、本当は私的にはあんまり納得いってないって言うか。
あの時は本当に助かったから、出来れば本当に好きなものとかでお礼したいのが本音で。
食事に誘って頂いたのはいい機会だからって思うけど、
「ビールと、ピザ・・・」
そんなものでいいの?
悩んでいると、「嫌い?」って顔を覗き込まれる。
ちょっと困ったような表情に慌てて「好きです」と答えて、自分で言った事なのにちょっとドキッとした。
イヤイヤ、訊かれたのはピザの事だし!私が答えたのもピザの事!
でも『好きです』なんて、誰かに向かって言ったのなんて何年ぶり!?
久しぶりに言ってビックリしただけだから!
とか内心動揺しまくり頑張って微笑んでいる私とは裏腹に、皐月さんはまた爽やかに微笑みながら「また15分後に」とか言ってる。
でも、私が本当に驚いたのはこの後だ。
あろう事か、彼は私に電話番号とメールアドレスを書いた紙を渡してきた。
嘘でしょ。
こんなの、こんな簡単に渡していい人じゃないでしょ!
「これ、いいんですか」
確認すると彼は軽ーく「うん」とか言っちゃってる。
これ、絶対失くせない。
いや、いっそ登録してすぐ燃やした方がいいのかも?
「話の邪魔してごめんね。また後で」
王子然と手を振りエレベーターに乗っていく皐月さんを見送ってすぐ、
貰った紙切れを手帳の間に挟みこんでバッグにしまった。
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