閑話 ウルスの休日 5

 ローアンのあからさまな俺のアピールを聞いても、引くこともなく、更に俺をじっと見つめてくる、ロクサーヌ嬢。


 一体、俺に何が起きてるんだ!?

 慣れない状況に思考がまとまらない……。


「あの……、ウルスさんの働かれているところを見てみたいですわ。今以上に、素敵なんでしょうね!」

と、熱い視線を送ってくるロクサーヌ嬢。


 素敵? 誰が? この俺が? 素敵なのか……!?

 

 全く馴染みのない言葉に衝撃を受け、休日モードで動きの悪い思考が、完全に止まってしまった。


「ロクサーヌさん、その通り! 働いているウルスは、そりゃあ素敵です! 素敵すぎてびっくりですよ!」

と、ローアンのでかい声で、はっと我に返る。


 ローアンが素敵を連発しても、全く嬉しくないどころか、恥ずかしい……。

 ほんと、やめてくれ……。

 

 そして、懐が深すぎるマリー嬢。あたたかい目でローアンを見てないで、頼むから、止めてくれ……。


「そうだ、ウルス! 今度、ロクサーヌ嬢を王宮に招待してあげたらどうだ? ほら、紹介者がいれば入れるエリアがあるだろ?」

と、ローアンがいい笑顔で言った。


 ロクサーヌ嬢が頬に手をあてて、上目遣いに俺を見る。


「まあ、王宮! 行ってみたいわ!」


 やっぱり、どう考えても、俺に気があるように思えるのだが……。

 もしや、自分で気づかなかっただけで、俺は一般的に見て素敵なんだろうか……?


 それとも、この服か!? 

 フィリップにもらったこの上等の服のおかげで、素敵に見えてるのか!?

 その可能性が高いな……。


 俺は自分の服を改めて見た。


 その視線に気づいたのか、ロクサーヌ嬢が頬を染めて言った。


「その王太子殿下からのプレゼント、素敵ですわね。ウルスさんに、とってもお似合いです」


 やっぱり……。

 この服のおかげで、割増されているのか、俺は!


「良かったなー、ウルス! 俺にはその洋服が仮装にしか見えないが、ロクサーヌさんが言うんだ、間違いない! このおしゃれめ!」

と、訳のわからないテンションで口をはさんでくる。


 この服、俺に似合ってたんだな……。良かった。

 さすがに伯爵令嬢だけあって、衣装に詳しそうだもんな、ロクサーヌ嬢。

 今日も派手な衣装を着ているし。

 そんな人が言うんだから、間違いないだろう。


「じゃあ、お時間がある時に王宮に招待しますよ。ロクサーヌ嬢」

と、気分が良くなった俺は、気軽に声をかけた。


 次の瞬間、ふわりといい匂いがした。


 えっ? ロクサーヌ嬢の顔が目の前にある! 

 何故だ? 何が起きてる!?

 

 よく見ると、ロクサーヌ嬢がテーブル越しに、俺の方へ、ぐっと身を乗り出してきていた。

 驚いている俺の目をじっと見て、ロクサーヌ嬢が色気あふれる笑みをこぼす。


「嬉しいですわ、ウルスさん」


 潤んだ瞳で見つめられ、思わず見とれてしまう。


 と、その時だ。


「ねえ、何してるの? ウルスー」

と、背後から声がした。


 んんん? ぼーっとした頭でもわかる。馴染みすぎた声。


 はああ!? 思わず席を立ち、パーテーションを越えて後ろのテーブルをのぞく。


「ひっさしぶりー。じゃない、二日ぶりー」

と、手をひらひら振っているのは、カジュアルな服装で学生のようなフリをしているフィリップだ。


 そして、向かいには作業着を着たルイスが座っていた。


「な、……なんで、二人がここにいるんだ?」


 そう聞いた途端、フィリップの顔がぱあっと輝いた。


「ルイスがね、庭仕事の前に、ここの新作ケーキを勉強のために食べに行くっていうから、ついてきちゃった! そしたら、なんと、見覚えのあるグリーンの服が見えたから、こっそり、後ろの席に案内してもらったんだ」


 はあ? 仕事はどうした、フィリップ!?


 フィリップとルイスがここにいるということは、もしや……? 

 はっとして、まわりを見た。


 やっぱり……。フィリップとルイスの私服の護衛がちらほら……。


 げ……。俺の隣のテーブルも、そうじゃないか!

 もちろん、フィリップの護衛もルイスの護衛も俺は良く知っている。


 皆、気の毒そうな目で俺を見た。

 そうか、今までの会話、こいつらに聞かれてたんだな……。


「おい、知りあいか?」

と、ローアンも立ちあがって、のぞきこんできた。


「お、お、お、王太子様? それに、え、え、え……ルイス様?」


 さすがのローアンも、そうつぶやいたまま、絶句した。


「あ、お忍びだから静かにしてね? それと、ルイスのケーキの試食の邪魔をしたら減給だからね?」

 

 そう言って、ローアンに微笑みかけた。


 ルイスは、こんなやり取りには全く興味を示さず、テーブルに並んだ10種類ぐらいのケーキを一口ずつ食べながら、ノートにメモを取っていた。


「集中しているルイスの邪魔をしちゃダメだから、少しだけ、そっちの席に合流してもいい、ローアン?」

と、フィリップが微笑みながらローアンにたずねた。


「も、……もちろんです、王太子様」


 ローアンが、カチカチに緊張して答えた。


「じゃあ、ルイス、食べててね。ぼく、ウルスの席を見てくるから。……ほんと、見る目のない、趣味の悪い部下を持つと大変だよねー」


 そう言うと、腹黒い笑みを浮かべたフィリップ。


 は? どういう意味だ……?

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