閑話 ウルスの休日 6
フィリップが、俺たちのテーブルに来た。
カジュアルな服装で、一見、王太子には見えない。そのため、マリー嬢とロクサーヌ嬢が不思議そうに見ている。
が、王太子の登場という、想定外のできごとに緊張しすぎた挙動不審のローアン。
何故か、一気に声が小さくなり、ささやくように二人に言った。
「王太子様だ……」
あわてて、マリー嬢とロクサーヌ嬢が立ち上がって挨拶をしようとする。
フィリップは、にっこり微笑んで、軽く手をあげてとめた。
「僕、今、プライベートの時間だから、そういうの気を使わないで。じゃあ、ちょっと、お邪魔していい?」
「光栄ですわ、王太子殿下」
と、ロクサーヌ嬢が微笑みながら、誰よりも早く答えた。
「ありがとう。さすがに、レディたちのお隣には座れないから、ウルス、つめて」
俺とローアンが座っているのは長椅子なので、俺はローアンのほうに寄る。
フィリップが俺の隣に座って来た。
ん……?
俺の正面には、さっきまで、ロクサーヌ嬢が座っていたのに、いない。
今や、ロクサーヌ嬢は、フィリップの正面に座っている。
俺は、フィリップが座るためローアンのほうに少しだけ寄った。
が、その分を考えても、ロクサーヌ嬢は、俺とフィリップの間、というか、俺のほうに近い位置に座っているはずだ。
つまり、ロクサーヌ嬢は、フィリップの正面に寄ったということか。
そんな細かいことに気づき始める。
止まっていた思考が動き出したみたいだ。
多分、フィリップがいるだけで、仕事モードに戻ってくるんだろうな。習慣は恐ろしい……。
しかし、ロクサーヌ嬢は、俺に気があったんじゃないのか?
違うのか? いや、まだわからない……。
もしかしたら、座りなおした拍子に、フィリップのほうに座る位置がずれたのかもしれないし。
「美しい御令嬢たちを紹介してくれる?」
と、フィリップが、にこやかに言った。
ローアンがあわてたように、マリー嬢を手で示した。
「俺の婚約者のマリー・ゴードンです」
と、緊張がとけないのか、小さく、かすれた声をしぼりだした。
さっきまでの声の大きさは、どこへいった?
ほんと、ふり幅のでかい声だな……。
ずっと、にこにこしていたマリー嬢も、さすがに緊張した様子。
「ゴードン男爵家の娘、マリーと申します。ローアンがお世話になっております」
と、若干ふるえる声で挨拶をした。
「ゴードン男爵のお嬢さんなんだ! ゴードン男爵の領地は、いい小麦がとれるよねえ。以前、ルイスにゴードン男爵の領地産の小麦粉をプレゼントしたんだ。そしたら、ルイスが気に入ったみたいでね。あれから、ルイスはずっと購入してるよ。あ、もちろん、ルイス個人のお金で買ってるからね。ルイスは、そういうところも、ちゃんとしてるんだ。ルイスはね……」
「おい、やめろ……」
俺は、隣からささいて、フィリップを制した。
ルイスの話をしだしたら、止まらなくなるからな……。
ほら、マリー嬢が驚いてるだろう。
一瞬、俺の方を向いて、不満そうな顔をしたものの、なんとか、ルイス語りをやめてくれた。
が、さすがは、フィリップだな……。
言っては何だが、地味で目立たないゴードン男爵家。特段、小麦で有名なわけでもない。それなのに、よく把握してたな。
しかも、とっさにでてくるなんて、どれだけの貴族の情報を頭にいれていることやら……。
次に、フィリップは、ロクサーヌ嬢のほうを見た。
「ザクセン伯爵家の娘、ロクサーヌと申します。お会いできて光栄ですわ」
と、ロクサーヌ嬢は艶やかに微笑んだ。
「ザクセン伯爵家のお嬢さんか。ザクセン家といえば、僕の曾祖母の妹の息子が、ザクセン家の御令嬢と結婚してたんだったね」
と、フィリップ。
フィリップ……。よくそんなことを覚えてるな?
こいつの記憶力には、いつも驚かされる。
「嬉しいですわ! 私の家のことをそんなに知ってくださっていて! 私も、幼い頃から、王家に嫁ぐこともできる家柄なのだからと、厳しく躾けられてきましたの」
目を潤ませ、熱い視線で、フィリップを見つめて言った。
……なるほどな。
フィリップが来て、頭がまわりだすと、一気に状況が読めてきた。
そして、悲しい事実がはっきりとわかった。
ロクサーヌ嬢は俺に全く気がない、ということだ。
野心あふれるロクサーヌ嬢は、ターゲットをすっかり、フィリップに変更している。
「あ、そういえば、ちょっと聞こえたんだけど、ウルスに王宮へ招待してもらうんだって?」
うっ……、そこ、聞いてたのか?
「僕なら、ウルスが招待できないところまで、見学させてあげられるよ?」
と、ロクサーヌ嬢にやけに優しい笑顔を向けた。
が、フィリップを知り尽くした俺にはわかる。この黒い笑顔は、何かよからぬことを企んでいるって……。
「嬉しいですわ!」
と、前のめりになるロクサーヌ嬢。
「あ、でも、ウルスに案内してもらったほうがいいかな? ウルスのこと、気に入ってたみたいな感じだったもんね。残念だなあ。ウルスより、僕が、先に知りあえてたらなあ…」
と、悲しそうに目をふせる芝居がかったフィリップ。
……やめてくれ、フィリップ。
いくら思考が停止していたとはいえ、こんなにわかりやすいロクサーヌ嬢にのせられて、浮かれてしまった俺がバカだった。
だから、俺の傷口に塩をぬるのは、やめてくれ!
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