閑話 ウルスの休日 2

 久しぶりによく寝たと思ったら、翌日の昼だった。

 せっかくの休みが、すでに半日終わっている……。


 そんな時、ふと、フィリップは、お昼を食べる時間が取れているかな、なーんて考えてしまい、いかんいかん、俺はフィリップの嫁じゃない! と、頭を横に振る。


 とりあえず、荒れ放題の部屋を掃除して、今日の食料を買い出しに行った。

 帰って来た時、部屋から出てきたローアンにばったり会った。


「おっ、ウルス! いいところに。ちょうど、明日のことを伝えにいこうと思ってたんだ」 


「……明日ね。悪いけど、俺、やっぱり、やめとこうかと思って……」


 どうも、乗り気になれない。


「あ、ダメダメ! もう、俺の婚約者に伝えたから。将来有望な王太子様の側近がくるからって。婚約者の友達が、それを聞いて、すごい期待しているらしい! しかも、美人で、なんと伯爵令嬢だってさ。良かったな、ウルス!」

と、大声で一気にまくしたてる脳筋ローアン。


 このフロア全体に話の内容が伝わっていそうだ。

 頼む、ローアン。声を落としてくれ……。


「それでな、明日、先に俺と婚約者は二人でお昼を食べるから、三時にカフェでお茶をする時に来て欲しいんだ。婚約者の友達もその時に合流するらしい。で、場所は、カフェ・フローリアンだ。ケーキが美味しくて評判だから、俺の婚約者が一度行ってみたいんだって。王宮のすぐ近くだから、場所は、知ってるだろう?」


「ああ、何度か行ったことがある」


 フィリップと一緒に、そこへ寄ったことがある。


 というのも、フィリップが、ルイスへの差し入れにケーキを買いたいといいだしたからだ。

 アリス嬢との茶会のために、菓子職人になる勢いで菓子を作り続けているルイス。おいしいと評判の菓子類があれば、食べてみて参考にしているらしい。

 そのため、フィリップもまた、美味しいと評判の菓子を聞けば、すぐに、自ら買いに走りたがる。もちろん、全ては、ルイスのために。


「それじゃあ、明日、おしゃれしてこいよー!」

と、大声で言いながら、能天気な脳筋はどこかへ出かけていった。


 はああ、なんか面倒だな……。せっかくの休日なのに、気が重くなってきた。

 

 とりあえず、部屋に戻って、買ってきたものを食べる。

 ふと、ローアンの「おしゃれしてこい」という言葉を思い出した。


 おしゃれ? 悪いが、俺は衣服になんの興味もない。

 おしゃれをしようと思ったこともない。


 一体、何を着ていけばいいんだ?


 クローゼットをあけてみる。

 

 仕事用のジャケットとパンツは、濃紺と黒。シャツは白のみ。

 考えるのが面倒なので、形は全て同じものだ。


 以前、フィリップが俺を見て、

「ウルスを見るたび、うちの王宮って、いつから制服になったっけって思うよね?

まさか、ずーっと同じものを着て、洗ってないわけ?」

と、恐る恐るという感じで聞いてきた。


「そんなわけあるか! ちゃんと、洗って、同じものに着替えてる!」

と、答えたことがあったな。


 仕事着以外となると、今着ている、このくたびれた部屋着。

 これもまた、同じような形のものが数着ある。


 しかし、この部屋着で、おしゃれな雰囲気のフローリアンに行くことは、さすがの俺でも気が引ける。というか、無理だ……。


 そう言えば、この地味なクローゼットの奥に、一着だけ異彩を放った上下のセットがある。

 グリーンの上下で、中にはフリルつきの白いシャツもセットになっている。

 恐ろしいほど質がいい。


 というのも、これは、フィリップからの誕生日プレゼントだから。


「ウルスが他の服を着ているところを見たいから、僕の服を作ってもらっているデザイナーに頼んで、作ってもらったんだ。絶対に着てきてよ」

と渡され、しぶしぶ仕事場へ着て行った。


 そんな僕を、フィリップは見た瞬間、

「なるほどね。そうきたか……」

と言った。


 そうきたかとは、どうきたのか、一切説明もなく、フィリップはその後、衣装については触れなかった。

 そして、他の人も、見た瞬間は驚いたように目をみはるものの、衣装については触れなかった。

 つまり、誰からも感想を言われることはなかった。


 それ以来、再び着る勇気もなく、この衣装は、しまい込んでいた。

 が、明日こそ、この眠れる衣装を活用する絶好のチャンスじゃないか!?


 俺は無駄が嫌いだ。つまり、使えないものを持っておくというのも嫌いだ。

 が、フィリップにもらったものだし、高級なものだから置いていたが、使えないことに若干モヤモヤしていた。

 なので、一度でも使えば、すっきりしそうだ!


 それに、ああ見えて、フィリップは衣装にうるさい。センスもいい。

 そして、王宮の人たちも、おしゃれな人が多い。


 しかしだ、脳筋ローアンは、おしゃれでもなさそうだし、その婚約者やご友人も郊外の人だ。

 つまり、さほど、おしゃれにうるさくはないかもしれない。

 このグリーンの衣装を俺が着ても、変だとは思わないかもしれない。


 きっと、そうだ! よし、これを着て行こう!


 そうと決まれば、明日行くのも、そんなに面倒には思わなくなり、心地よい眠りについた。

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