挿話 王太子の受難 10

 すごい剣幕で飛び込んできた母上。


「おい、フィリップ! 部屋に閉じ込めて、どれだけ待たせるんだ! さっさと、捕縛すればいいものを、何、たらたらしゃべってる!」


 騎士モード全開で僕に向かって叫ぶ。


「母上と違って、脳筋ではないもので。ただ、捕まえるなんて、つまらないでしょう?」


 母上の額にぴきりと青筋がたった。


「だれが脳筋だー!」


 後ろから追いかけてきたのか、息をきらして、やっと部屋へ入って来た父上。


「まあまあ、ミラベル。落ち着いて……。ちゃんと経緯は聞けたじゃないか」


 そう、母上と父上には、別の部屋に待機してもらっていて、この部屋の映像と音声はずっと流していた。

 それで、すべて終わった時に、二人に登場してもらう予定だったのに。


 母上は、ほんと待てないよね? これだから脳筋は……。


 僕は、べラレーヌ・ボラージュに向き直った。


「もっとじっくり話がしたかったけど、時間切れみたい。君の身柄は、ロンダ国に引き渡される。二度と、この国に来ないでね? ルイスに近づかなかったら、僕の興味もひかなかったのに。残念だったね?」


「うるさい!」


 そう叫ぶと、べラレーヌ・ボラージュは、目の間のワインの入ったグラスを乱暴に持ち、腕を高くふりあげて、僕に投げつけようとした。

 

 すぐに、ウルスが僕をかばうように間に入り、それと同時に、べラレーヌ・ボラージュの背後に近づいていた護衛騎士が羽交い絞めにして、グラスをとりあげた。


「もうー、なんてことするの! 危ないでしょ? 罪が増えるよ?」

 

 僕が親切に忠告すると、べラレーヌ・ボラージュはうなりながら、血走った目で、にらみ返してきた。


 うん、なかなか、根性があるね。


 その点、ブルーノ伯爵夫妻といえば、ガタガタふるえている。

 突然、ブルーノ伯爵夫人のほうが、母上に駆け寄ろうとした。が、すぐに騎士にとめられた。


「王妃様! 私たちは親戚なんです! 親戚の私たちをどうぞお助けください! 私たちはボラージュ伯爵に騙されていただけなんです!」


 ブルーノ伯爵夫人が、騎士に取り押さえられたまま叫ぶ。


 母上は首をかしげた。


「親戚なのか?」

と、父上に聞いた。


「確か、先日、フィリップに面会を求めてきた時は、ミラベルの従姉妹が再婚した相手の従姉妹がブルーノ伯爵夫人だと言っていたが……」


「はあ!? なんだ、それは……。王は、よくそんなつまらんことを覚えていられるな? まあ、いい」

 

 あきれたようにそう言うと、母上はブルーノ伯爵夫人に近づいた。


「親戚だとは知らなかったよ」

と、楽しそうに微笑む母上。


 ブルーノ伯爵夫人の顔が、ぱっと明るくなった。


「そうなんです! 私たちは親戚なんです! どうぞ、王妃様のお力で、私たちをお助けください!」

 

 さっきから「親戚」をやたらと連呼しているブルーノ伯爵夫人。

 ほんと、それ、母上には通用しないから。

 というか、むしろもっと悪くなりそう……。

 

 あきれた僕は思わず、隣にいるウルスにむかって、ささやいた。


「仮にも、王妃の親戚を語るなら、せめて、王妃の性格ぐらい把握しといたほうがいいのにね。根っからの騎士で、脳筋にそんなことが通用するわけないってことを……」


「おい、こら、フィリップ! 全部、聞こえてるぞ。私は断じて脳筋ではない!」


 ほんと、辺境の森で鍛えた、おそろしいほどの地獄耳。


 母上は、期待に目をぎらつかせている伯爵夫人に向かって、笑みを浮かべて言った。


「身内なら、特別待遇にしないとな……。騎士団長!」

と、呼んだ。


「はっ!」

という声とともに、すぐに、騎士団長がそばによる。


「ブルーノ伯爵夫妻を違法薬物の密輸、販売で厳しく取り調べよ! 私の親戚だそうなので、なおさら遠慮はいらん! 連れて行け!」

と、命をくだす。


「はっ!」


 騎士団長はすぐに、騎士たちに指示をだす。

 あっという間に、ブルーノ伯爵夫妻は縄をかけられて、連行されていった。


「それで、こっちの令嬢のお迎えは?」

と、僕が母上に聞いた時だ。


 見慣れない制服の人たちが入って来た。


「ロンダ国の騎士団の方たちだ」

と、母上。


 一番前にいた大柄の男性が、母上に一礼してから僕の前に進みでた。


「ロンダ国の第二騎士団長のブリートと申します。この度は、王太子殿下に多大なご協力をいただき、心より感謝申し上げます」

そう言うと、深々と頭をさげた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る