挿話 王太子の受難 9

「それでね、ウルスが調べてきた中に、すごーくおもしろいことがあったんだ。

君、薬草に詳しいんだってね? しかも、いくつか畑を持ち、実際に薬草を育てているんだね。そう言われれば、指先、ほんの少し緑色に染まってるもんね? よほど、好きなんだね。すごいねー」


 僕の言葉に、べラレーヌ・ボラージュはあわてて手をひいて、テーブルの下に隠した。そして言った。


「それが、何か問題がありますか? 私は薬草学に興味があるだけです」

と、完全に外面用の顔を外し、冷たいまなざしで、僕を見返してくる。


「確かに、薬草学って、興味深いよね? 役に立つ知識だし。でも、それも使いよう。ボラージュ伯爵令嬢、君は、ひとつだけ、偽名で畑を所有してるよね。ウルス、実際、見てきたんでしょ?」


 僕がそう言った時だ。べラレーヌ・ボラージュの表情が、がらりと動いたのは。

 怒りと焦りがごちゃまぜになった表情だ。

 

 ウルスが、説明を始めた。


「ええ、探すのが大変でした。が、ボラージュ伯爵令嬢の元婚約者、ブリント侯爵家の次男アラン殿から教えていただきました」


 ウルスがそう言った途端、バンっと机をたたいて、べラレーヌ・ボラージュは立ちあがった。


「何を言ってるの!? そんなことあるはずないじゃない! アランは、死んでるんだもの!」

と、叫んだ。


 その豹変ぶりに、ブルーノ伯爵夫妻も目をむいている。


「いえ、亡くなってはいません。アラン殿は、侯爵家の親戚の領地にある療養所で、最近まで、ずっと療養されていました」

と、淡々と説明するウルス。


「嘘だわ! アランが生きているわけがない。だって、死んだって聞いたもの!」


「それは、侯爵家が、ボラージュ伯爵令嬢からアラン殿を引き離すために、死んだことにしたのです。そうでないと、当時のアラン殿は、完全にあなたに依存し、正常な判断もできず、まわりが何をいっても聞かなくなっていたからだ」

と、ウルスが、冷たい声で言った。


「そんな、まさか…」

と、茫然とするべラレーヌ・ボラージュ。


「あのね、まさかは、こっちのセリフだよ? 君、調べてみたら、びっくりするほど、真っ黒なんだもん。僕って、本当、あたりをひいちゃうよね?」

と、ウルスに微笑みかけると、ウルスが眉間にしわをよせた。


「なんで、こんな面倒なことばかり、引き当てるんだろうな……。俺の仕事が増える一方だ。ほんと、やめてくれ……」


 ウルスはそう文句を言うと、ひとつ大きなため息をつき、また、仕事モードに戻った。


「幸い、アラン殿は、療養で心身の体調を取り戻したようです。正常な判断ができるようになっていました。それで、あなたのことを、詳しく聞いたんです。偽名で持っている畑で、ローアンという植物をそだてていることもね。まあ、アラン殿は、ローアンは貴重な薬なので、盗難にあわないよう、あなたが、秘密の畑で育てているという嘘の情報をいまだに信じていましたがね」


「そのローアンって、なあに?」

 

 僕は、お疲れのウルスを和ませるように、かわいい感じで聞いてみた。

 

 ウルスの眉間のしわが更に深くなる。失礼だね?


「もともと、別の大陸で栽培されていた植物です。が、その土地では、今や育てることは禁止されています。というのも、乾燥して粉末にして吸引すると、強い幻覚をおこし、極度に依存してしまうからです。もちろん、健康も害されるし、最悪、死に至ることもある非常に危険な植物です」

と、ウルスが説明した。


「へえ、そんな物騒な植物を育ててたんだ? で、その植物、ローアンをどうしてたの?」

と、べラレーヌ・ボラージュに向かって聞いた。


「……興味があって、育ててみただけです。使用はしていません。それくらいのことで、違う国の王太子が、私を罪に問うことはできませんよね?」

 

 僕を見据えて、強い口調で言ったべラレーヌ・ボラージュ。

 

 おっとりした美人の伯爵令嬢という役柄は、完全に放り出したよう。

 うん、その顔、いいね。悪役にぴったりだ!


 なんてことを思いながら、僕は話を続ける。


「確かに、それだけでは、他国の僕が君を罪には問えないよね。……でもね、状況がかわったみたいだよ? ウルス、ロンダ国で調べてきたことを話してあげて」


「アラン殿の心身の体調が戻り、ボラージュ伯爵令嬢への依存も完全に消えたので、ブリント侯爵家は、被害届をだしたようです。元婚約者、べラレーヌ・ボラージュ伯爵令嬢に、薬物に依存させられ、薬物を渡す代金として、多額の金をとられ、心身を害されたことに対してです。もちろん、アラン殿は、ローアンの薬物中毒だったということも証明されました」


「……なんですって?」

 

 べラレーヌ・ボラージュは表情が抜け落ちた顔で、固まった。


「なんだか不思議だね。没落貴族だった、ボラージュ伯爵がワインの事業をはじめたのは、その頃とぴったりあうよね? もしかして、侯爵家の元婚約者からまきあげた大金をもとでに、薬物つきワインを売りはじめたのかな? あ、それと、ブルーノ伯爵が売っていたワインの箱にあった薬物も分析したら、君が育てたローアンと一致していたんだって。もう、言い逃れはできないよね?」

そう言うと、ぼくは、満面の笑みを浮かべた。


 その時、外の廊下を走ってくる足音が聞こえたと思ったら、部屋の扉がバーンと開け放たれた。


「遅いぞ! フィリップ!」


 声が大きすぎて耳が痛い……。

 そんな声がだせるのは、もちろん、王妃であり、辺境伯であり、母上だ。


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