挿話 王太子の受難 8
「じゃあ、ボラージュ伯爵令嬢は、なーんにも知らなかったんだ? それは、びっくり! だって、今、ワインと一緒になにか売ってた……なんて、言ってたよね?
僕、ワインはカモフラージュ。肝心のものは別ってことだよね、とは言ったけど、そこまで詳しくは言ってないし」
「王太子様がおっしゃられたことから、私がそのように想像しただけです。普通、そう、考えるでしょう?」
と、挑むように言い返してきたべラレーヌ・ボラージュ。
もう、おっとり令嬢を演じるのは、やめたのかな?
まあ、真逆みたいだし、疲れるよね。
「断定しているみたいだから、はっきりしっかり知ってるのかと思ったよ。じゃあさ、そんな、想像力豊かなボラージュ伯爵令嬢に質問! 君の父、ボラージュ伯爵とブルーノ伯爵は、ワインと一緒に何を売っていたんだと思う?」
「そんなの知りません。私は、関わってませんから」
「じゃあ、質問を変えるね。うちの国の王妃のことは、知ってるよね。だって、ブルーノ伯爵夫人に近づいたのって、王妃の親戚って知ったからなんでしょう?」
「王妃様のご親戚と知り、信用したからですわ」
と、べラレーヌ・ボラージュが答えた。
「物は言いようだね? まあ、いいや。じゃあ、次。僕の母親だけど、かなり変わっててね。王妃と辺境伯を兼任してるって、知ってるでしょ? 隣国でも知れ渡ってるからね」
僕の質問に答えないべラレーヌ・ボラージュ。
警戒している様子が伝わってくる。
ブルーノ伯爵夫妻は、これ以上自分たちが不利にならないようにと思ったのだろう。気配を消して、僕たちのやりとりをうかがっている。
まあ、みんな静かでいいけど?
「その王妃がね、先日、すごーく久しぶりに、王宮へ来たんだ。あ、息子の僕やルイスに会いにきたとかではないよ? 母親というより、いまだ、騎士って感じの人だから。じゃあ、なんの用だったかっていうと、きな臭くてね。辺境伯領で、かなり危ない違法な薬物がでまわっているから、そのことについて調べにきてたんだ。国境の警備も厳しくしていると言っていた。つまり、国境を越えて薬が運ばれている可能性はおおいにあるってこと。辺境伯領の国境をへだてた向こうは、もちろん、君の住むロンダ国だ。……僕ね、君がルイスに近づいたことが、どうしても気になって調べ始めたんだけど、気になることがでてきてね……。商才のまるでない、ブルーノ伯爵が、ロンダ国のボラージュ伯爵からのワインを売って、すごくもうけてるっていうじゃない。そりゃあ、もう、疑問しかないよね? そこで、王妃の話を思い出して、ピーンとつながったってわけ。僕も、君に負けず劣らず、想像力が豊かでしょ?」
と、長いセリフを言い終えたとき、ブルーノ伯爵が、真っ赤になって、怒っていることに気がついた。
あ、商才がないって、つい、流れで本心を言っちゃったからか。でも、事実だから、しょうがないよね……。
ということで、気にせず、話を続ける。
「つまり、違法な薬物をワインと一緒に売っていたと思えば、あんなまずいワインを高値で買う人がいるのも腑に落ちるよね。とはいえ、想像の域をでない。だから、証拠が必要。ということで、調べたら、簡単にでたよ。ワインの箱に、薬物をしのばせてるなんてね。箱だけとって、みんな、ワインのほうは倉庫に放置してるんだもん。よほどまずいワインなんだね? あ、そうそう。今頃、ブルーノ伯爵から、薬物つきのワインを買った人たちも、みーんな捕まってるから、安心してね?」
と、ぼくが言った途端、ブルーノ伯爵が椅子から崩れ落ちた。
「まさか、そんな……。私は何も知らなかったから……」
と、驚いたような顔でべラレーヌ・ボラージュが白を切る。
はああ! ほんと、嘘ばかりつくな。
が、これで終わりじゃないんだよね!
だって、僕のターゲットは、どちらかというとこっちだし。
邪な気持ちで、ルイスに声をかけた時点で、べラレーヌ・ボラージュは僕の敵。許せないもんね。
なので、しっかり、きっちり、つぶさせてもらいましょう。
「ボラージュ伯爵令嬢、ぼくの側近のウルス、目の下にクマができて、ひどい顔してるでしょ? なんでだと思う? それはね、君の国、ロンダ国に行ってもらったからなんだよ。もちろん、君を徹底的に調べるためにね。そうそう、このウルス、こう見えて、すごい調査能力なんだよ。ね、ウルス」
と、ウルスのほうへ、僕は笑いかけた。
が、笑い返してくることもなく、疲れ果てた顔で、じとっと意味ありげに見返してきたウルス。
せっかく褒めたのに、ノリが悪いよ、ウルス!
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