挿話 王太子の受難 7

「そのワインは、いかがですか?」


 僕は、にこやかに聞いた。


「いやー、芳醇なワインですな」

と、真っ先に答えたのが、ブルーノ伯爵。


「ほんとに、美味しいですわ!」


 ブルーノ伯爵夫人も浮かれた様子で同調した。

 

 が、べラレーヌ・ボラージュだけは黙ったまま。

 なので、僕のほうから問いかけた。


「ボラージュ伯爵令嬢は、いかがですか? もしかして、お口に合いませんでしたか?」


 一瞬、動揺したように、目が泳いだ。

 なんと答えようか、迷ってるな……。


 が、すぐさま、おっとりとした表情をつくり、べラレーヌ・ボラージュは小首をかしげて、頬に手を添えた。


「申し訳ありません……。先ほども申しましたように、アルコールに弱くて……。ワインの味がよくわからないんです」

と、困ったように微笑んだ。


 ふーん……、考えたわりには、つまんない答えだね?

 まあ、いいや。


「じゃあ、ウルス、あれ持ってきて」


 僕が指示をだすと、ウルスはうなずいて、部屋から出て行き、すぐに戻って来た。


「こちらです」


 ウルスが差し出したのは、バラの絵が描かれたラベルが貼られたワインの瓶。

 この瓶を見て、やっと、ブルーノ伯爵夫妻の顔色が変わった。


「このワインは……!? 王太子様、これは、どういうことですかな!? 」


 動揺しまくった様子のブルーノ伯爵が声を荒げた。


「やーっと、ラベル見てわかったの? 飲んだだけでは、自分の売ってるワインが、わからないなんて、舌もバカなんだね?」


 あ、つい、心の声がもれだした。


「なっ……! バカだと!?」


 僕の言葉に、ブルーノ伯爵の顔が怒りで真っ赤になる。


「王太子様といえど、さすがに失礼ですわよ!」


 これまた、怒り狂うブルーノ伯爵夫人。

 

 その横で、一人静かなべラレーヌ・ボラージュ。

 この状況から、どうやって、自分は上手く逃げられるのか探っているんだろう。

 おっとりとした令嬢の仮面がはずれ、必死で逃げ道を考えているような表情だもんね。


 でも、残念! 逃がしませーん! 


「なんか、色々おかしいんだよね、このワイン。さっき、すぐに売れてしまって、もう買えないって言ってなかったっけ? ねえ、ボラージュ伯爵令嬢?」


 僕が微笑むと、べラレーヌ・ボラージュは取り繕う余裕がなくなってきたのか、鋭い目で見返してきた。


「ええ。ですが、私は、そう聞いていただけで、詳しいことは知りません。それが、何か?」


「へえ……。さっき、このワインを飲んだ時、顔色が変わったのに? ワインの味がわからないなんて嘘だよね? 伯爵夫妻と違って、ラベルを見なくても味がわかったみたいだったけど……。詳しいこと、知ってるんじゃないの?」


「ただ、うちのワインと少し似てるなと思っただけです」

と、淡々と言い返してきた。


「ふーん、そう? まあ、いいや。先にすすめるね。市場に出回っていない、このワイン。どうやって、手に入れたと思う? なーんと、ブルーノ伯爵夫妻が取引した人の倉庫から、無理やり……じゃなくて、話し合いの結果、いただいてきました! 入手困難な人気のワインなのに、沢山、倉庫に放置されていたらしいよ? なんでだろうね?」


 僕は、べラレーヌ・ボラージュをじっと見た。


「それは、購入された方の自由ですから。倉庫に保管されていただけでは?」


「んー、おかしいな? では、実際、倉庫まで取りに行ったウルス、発言をどうぞ!」


 これらの下準備で、疲労のたまったウルスが、目の下にクマをつくった迫力ある雰囲気で説明をはじめた。


「ブルーノ伯爵がワインを売った人たちをつきとめ、その倉庫を探り……いえ、見に行かせていただきました。どこも、ブルーノ伯爵から買ったワインが、山と積まれていましたよ。保管というよりは、放置しているような雑な感じでした」


「まあ、理由は、わかるけど。だって、このワイン、びっくりするほど、美味しくないもんね? でも、不思議なのは、こんな美味しくないワインを、ボラージュ伯爵がブルーノ伯爵に、高値で売っていること。そして、ブルーノ伯爵が、そのワインに更に利をのせて売っている。安いワインが、ものすごい値段に跳ね上がっているのに、すぐさま売れる。しかも、顧客は毎回、同じ人たちばかり。市場に出回ることはない。よほど、このワインが好きなのかと思うよね? でも、倉庫には飲まずにたまっていくワインが山と積まれている。そこまでの高値を払ってでも買ったワインなのに。ほら、おかしいことばかりでしょ?」


 三人とも反応がない……。


 えー!? まだ、あきらめないで? これからだから。

 悪役は悪役らしく、もっと歯向かってきてよ! 

 せっかく、やる気になったのに、僕を楽しませてよ!


 ということで、言い返す気持ち満々で、反応を待つ。 ……待つ。……待つ。


 シーン。

 こら、なんか言え!


 だめだ。早く終わらせないと、どんどん、ルイスに会う時間がおそくなっていく!

 結局、待てなくなった僕が続きを言うことにした。


「つまり、ワインはカモフラージュ。肝心のものは別ってことだよね? あ、もう証拠は確保してるから、言い逃れはできないよ? 買った人たちも、先に捕らえてるしね?」

と、言った瞬間、


「違う! 俺たちは、ボラージュ伯爵に騙されたんだ! そんなに高額で買わされてたなんて、聞いてない!」


 ブルーノ伯爵が叫んだ。


「ええ、そうよ! そんな安いワインを高額で売りつけられた、私たちも被害者でしょう!?」

と、ブルーノ伯爵夫人。


 え、伯爵夫妻って、簡単な文章も理解できないの? そこ、問題じゃないよ? 

 問題なのは、ワインと一緒に売られていたものだ。


 そこで、やっと、べラレーヌ・ボラージュが口を開いた。


「申し訳ありません。父とブルーノ伯爵夫妻の事業のことは、本当に何も知らなくて……。まさか、ワインと一緒に何かを売っていただなんて……。信じられません……」

と、悲しそうに目を伏せた。


 まだ演技を続ける気なんだ。

 もう……、往生際が悪いなあ。









※ ここまで読んでくださって、ありがとうございます! 

王太子視点のこの挿話。半分くらいまできました。もう、おわかりとは思いますが、この話は、事件を解き明かす話でも、王太子の活躍する話でもなく、ただただ、ルイス大好き、暴走気味の兄視点のお話になっております💦

こんな王族いない! というリアリティの無さですが、このまま、ゆるく、つきすすんでまいります。読んでくださる方には感謝しかないです! 

気楽に読んでくださったら幸いです。どうぞよろしくお願いいたします。

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