挿話 王太子の受難 6

「それで、ブルーノ伯爵夫人とボラージュ伯爵令嬢はどういったご縁なのですか? ボラージュ伯爵といえば、わが国の貴族ではないでしょう?」


 警戒されないよう、人畜無害な王太子という感じをだすために、わざと、のんびりした口調で聞いてみた。

 

 一気に、前のめりになったブルーノ伯爵夫人。

 話したくて仕方がないんだな。


 ちょうどいい。

 どんどんしゃべれば、どんどんボロをだすだろうし。

 手間が省けて、早く終わる。なにより、ルイスに早く会える!


 さあ、洗いざらい、しゃべれ!


「ええ、ボラージュ伯爵様はロンダ国の方です。なんと、私が王妃様の親戚ということを噂でお聞きになったそうなんですのよ! それで、信頼して、お声をかけていただいたんですわ。ねえ、あなた」


 ブルーノ伯爵夫人は、ブルーノ伯爵に同意を求めた。

 ブルーノ伯爵も大きくうなずいた。


「突然の話で、少し心配だったのですが、ボラージュ伯爵様と会ってみたら、とても気があいましてな。ボラージュ伯爵様の領地でとれるワインを輸出してもらって、うちが売ることにしたんです。まあ、そしたら、これが好評でしてね。ハハハ……」

と、上機嫌で笑っている。


「そんなに美味しいワインなら、一度飲んでみたいもんですねえ。ロンダ国のワインは飲んだことがありませんから。ねえ、ウルス」

と、ウルスにふってみた。


 いきなり、ふられて、びくっとしているウルス。


 今日のこの下準備のため、奔走していたウルスは、目の下にクマがある。

 こんなつまらない話を聞いてたら、眠ってしまうだろうから、ちょっとはしゃべらないとね?

 僕って、ほんと、気がきくよね。

 

「……ええ、私も飲んでみたいです。ブルーノ伯爵様が売られているワインは、どこで買えるのですか?」

と、ウルスがブルーノ伯爵に向かってたずねた。


 演技が向いてないウルスは、かなり棒読みだったけれど、その質問で、あきらかに、目が泳ぎだしたブルーノ伯爵。

 

 と、ここで、べラレーヌ・ボラージュが口を挟んできた。


「実は、うちのワインは、とても人気がありまして、ブルーノ伯爵様のところにおろしても、すぐに売れてしまって……。残念ながら、もう買えないんです」

と、おっとりと説明した。


「そうなんですよ! あっという間に売れてしまいましてね」

と、勢いよく同調した、ブルーノ伯爵。


「それは残念です。ところで、ボラージュ伯爵令嬢は、ワインの事業にも携わっておられるのですか? 事情をよくご存じのようなので」

と、ウルスが聞いた。


「いえ、事業のことは、父から少し聞きかじっただけですわ。お恥ずかしいことに、ワインについても詳しくないのです。あまり、アルコールに強くないもので……」

と、奥ゆかしそうに微笑んだ。


 が、表情を読むに、……嘘だな。

 全く信用ならない人間だ。 


 そんな人間が、邪心のないルイスに近づいたとは! 

 ルイスが穢れるじゃないか! 


 やっぱり、兄様は許せない……。

 じゃあ、そろそろ、終わらせよう。


「せっかく来ていただいているのに、素敵な御令嬢に魅入られて、もてなすのを忘れておりました」

と、僕はにっこり微笑んだ。 


「まあ、そんな……」

と、恥ずかしそうに微笑み返してくるべラレーヌ・ボラージュ。


 おっとりとした表情を作ってはいるが、僕の言葉に少しだけ、「あたりまえでしょ」っていう自信のある顔がのぞいた。これが素かな?


 僕は、ウルスに、

「あれ、持ってきて」

と指示をだす。ウルスはうなずいて、席をたった。


 不思議そうにした3人に、僕は笑顔で言った。


「今、みなさんには飲み物を用意しますので。ゆっくりしていってください」


 すでに、ブルーノ伯爵夫人は、期待で目がぎらついている。

 自分のコネで、王太子妃が決まると思って、興奮しているのだろう。


 ブルーノ伯爵も、この先に広がる恩恵に思いを馳せているのか、口元がゆるみきっている。


 ただひとり、謙虚そうに、微笑みをうかべているべラレーヌ・ボラージュだけは、全く、目が笑っていない。獲物を狙う目だ。


 あ、そういえば、僕も猛禽類だとか、獲物を狙う目をしてるだとか、ルイスに言われたことがあるな。


 ええー!? こんなんと一緒にされたら嫌だな。兄様、泣いちゃう。


 おっと、つい、ルイスのことへ思考がいってしまうが、集中、集中。


 そこへウルスが戻って来た。

 トレイに飲み物をのせ、メイドに任せず、自ら運んできたようだ。


「お待たせしました」


 ウルスが、それぞれの前に飲み物をおいていく。


「あら、ワインですか?」

と、ブルーノ伯爵夫人。


「ええ、あなたたちのワインには到底及ばないでしょうが、最近、人気のあるワインだそうです。取り寄せましたので、みなさん、どうぞ、飲んでみてください」

 

 僕が促すと、ブルーノ伯爵夫妻とべラレーヌ・ボラージュも、グラスを手にとった。


 そして、僕は手にとって、グラスを少し上に掲げると、

「では、今日の良き日に!」

と、声をかけた。


 その後に続く、(ルイスのために、きれいすっきり!)は、心の中で言う。


 そして、ワインを一口飲んだ。

 3人も続いて、ワインを飲む。


 瞬間、べラレーヌ・ボラージュの顔色が変わった。

 が、ブルーノ伯爵夫妻は普通に飲んでいる。


 へええ、なるほどね……。




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