挿話 王太子の受難 5


 ということで、こちらの準備が整い次第、ブルーノ伯爵夫人に連絡を入れると、すぐにやってきた。

 もちろん、ブルーノ伯爵と、あの令嬢、べラレーヌ・ボラージュも一緒だ。


 せっかくなので、おもてなしの気持ちを込めて、一番、広々とした応接室に通すように指示をだした。


「父上は?」

と、ウルスに確認をする。


「仰せの通りにしてあります」

と、ウルスが仕事モードで答えた。


「オッケー。じゃあ、行こうか。紹介してくれる令嬢、倒しがいのある素敵な令嬢だったらいいのにね」


 ウルスに微笑みかけた僕。


「倒しがいのある素敵なってな……、あきらかに文がおかしいだろ? それに、その顔。目が笑ってなくて、ほんと怖いって……」


 疲労感いっぱいの顔で、ウルスがつぶやいた。



 広々とした応接室は、大人数で会議ができる大きなテーブルと椅子がおかれているだけで他には何もない。

 入り口と部屋の四隅に護衛の騎士が立っていた。


 僕とウルスが応接室に入って行くと、先に応接室に通され、椅子に座っていた三人が立ちあがった。


「ああ、どうそ、座っていてください」


 僕は、最高の笑顔で声をかけた。

 

 僕の隣にウルスが座り、大きなテーブルをはさんで、向かい側には3人が座る。

 ブルーノ伯爵夫人が真ん中で、その両隣にブルーノ伯爵と、あの令嬢、べラレーヌ・ボラージュだ。


「今日は、来てくださってありがとうございます。ブルーノ伯爵、久しぶりです。なんでも、輸入されているワインが、驚くほど売れているそうですね。是非、お話をお聞きしたいと思い、お呼び立てしました」

 

 僕は、外面用の優しい王太子の顔でブルーノ伯爵に微笑んだ。


「ええ、おかげさまで、事業は大変、上手くいっております」

と、ブルーノ伯爵は得意げに答えた。


 が、こんな時に、僕は、ちょっと笑いそうになっている。


 というのも、今日は、一段と派手なドレスをきているブルーノ伯爵夫人だが、何故かブルーノ伯爵もおそろいのジャケットを着ているからだ。

 

 しかも、バラ柄。いかつい顔のブルーノ伯爵には壊滅的に似合っていない。

 すごいセンスと勇気だ……。

 

 隣に座る、笑い上戸のウルスを見たら、手の甲をつねっている。

 笑ってはいけないと思えば思うほど、笑いたくなるもんだしね……。


 ここで、ブルーノ伯爵夫人が少しのりだしてきた。


「王太子様、お考えを変えてくださって、嬉しいですわ! 王太子様にご紹介させていただきたい方が、こちらにいらっしゃる、ボラージュ伯爵の御令嬢べラレーヌ様です。見てのとおり、大層お美しくて、すばらしい方なんですのよ! 未来の王妃様にぴったりですわ。ホホホ」

と、ブルーノ伯爵夫人が、これまた衣装とおそろいのバラ柄の扇子を広げて笑った。


 へえ……。それほど勧めるのなら、しっかり確認しておかないとね……。

  

「王太子のフィリップです。今日はようこそ」 


 まずは、簡単な挨拶をして、様子をみる。


「ボラージュ伯爵の娘、べラレーヌと申します。王太子殿下にお会いできて光栄です」

 微笑みながら、挨拶を返してきたべラレーヌ・ボラージュ。


 ウルスだったら、即ハニートラップにかかりそうな感じだ。


 が、僕の正直な意見を言えば、嘘くさい美しさで、苦手なタイプだ。

 裏がありすぎそうだしね。本当なら、絶対に近づきたくない。


 はああ~、全てすっきりしたら、ルイスに会いに行って癒されよう。

 ということで、とっとと終わらせないとね……。


「あれ? 一度、お会いしたことがありますよね? 王宮の庭で。すごく美しい方だったから覚えていたんです」

と、心にもないことを口にした。とりあえず、探りをいれてみることにしたからだ。


「まあ、あの時の! お恥ずかしいですわ……。ブルーノ伯爵夫人を待っている間、王宮のお庭を見せていただいてたんですが、気がついたら、どんどんと奥にいってしまって……。迷ったみたいなんです。ちょうど、お庭で花壇を作っておられる庭師の方がいらっしゃったので、道をお聞きして……。その後に、お声をかけてくださった方が、まさか、王太子殿下だったなんて、驚きましたわ……」

と、恥ずかしそうに答えたべラレーヌ・ボラージュ。


 ここで肝心のことを聞いてみた。


「その庭で花壇を作っていたのは、庭師じゃなくて、私の弟ルイスだったんですよ」


「そうだったのですか? 庭師の服を着られていたので、まさかルイス殿下だとは思いもしませんでした」

と、べラレーヌ・ボラージュは、驚いたように目を見開いた。


 ふーん……。

 やっぱり、知っていて、ルイスに声をかけたのか……。


 僕は、小さい頃から、ルイスの表情を見ることには慣れている。隣のウルスもだ。

 そのため、わずかな表情、目の動きを見逃すことはない。


 べラレーヌ・ボラージュは、驚いているようでいて、全く驚いていない。

 ちらりと、ウルスを見ると、ウルスも同様の意見らしく、小さくうなずいた。


 どうやら、べラレーヌ・ボラージュは、相当したたかなようだ。

 それにひきかえ、驚くほど、単純なブルーノ伯爵夫妻。

 どう考えても、誘導しているのは、べラレーヌ・ボラージュとその父のほうだろう。


 つまり、ロンダ国のボラージュ伯爵親子に、この浅はかなブルーノ伯爵夫妻はいいように利用されているというわけだ。

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