挿話 王太子の受難 3

 すぐに、ウルスが、今日の訪問者の名簿を持ってきた。

 幸い、今日は会議もなかったので、さほど訪問者は多くない。


 この国の成人している貴族の名前は、全て頭に入っているから、猛スピードで、名簿を、自分の頭の中のデータと照らし合わせていく。


「ルイスが絡むと、恐ろしい処理能力だな。普段の書類仕事もそれくらいのスピードでやってくれれば、あっという間に終わるのにな……。ルイスが絡まないと発揮されない能力なのか……」

と、ウルスが残念そうに、つぶやいている。


「そんなの当然じゃない? 僕の能力を、ルイスの為に使わずして、いつ使うの?」


 目と頭は名簿に集中しながら、ウルスに言った。


「王太子の仕事に使え!」


 ウルスが即答した。


 と、全部見終わったところで、想像通りの名前にいきついた。

 他には怪しい名前はない。


「やっぱり、これか……」


 ウルスに名簿を指差して見せた。


「さっき来た、ブルーノ伯爵夫人だよな? と、同行者、べラレーヌ・ボラージュ? 誰だ、それ。同行していたのに、応接室にはいなかったよな?」

と、ウルスが不思議そうに聞く。


「おそらく、ルイスに道を聞いた女性だよ」


「なんでわかるんだ?」


「僕が、あの女性に話しかけた時、何か気づかなかったか、ウルス?」


「そうだな……。すごい美人だった、ぐらいか……?」

と、ウルス。


「は? 一応、美人っぽくはあったけど、すごくはないよね?」


「あのな。フィリップは、ルイスを見すぎてて、美的水準があがりすぎてるんだ。

さっきの女性は、あまり見たことない顔立ちの、すごい美人だった」


「はい、それー! つまり、それって、この国では、あまり見たことがない顔立ちってことだよね?」


 ウルスは、思い出しながら言った。


「あ、そういえば、そうかな……。顔立ちが、珍しいというか、異国風かも……」


「さっき、少ししゃべった時、かすかに、ロンダ国の言葉のアクセントが混じっていた」


「え? そうだったか? すごいな、全然わからなかった。……そうか、ロンダ国か。言われてみれば、ロンダ国っぽい顔立ちだったような」


「僕は言葉で察したけれど、さすが、女性に詳しいウルスだね?」


「語弊がある言い方はやめろ。俺はいたって、普通の範囲内で女性が好きなだけで、決して詳しくはない!」

と、ウルスが息まいた。


 まあ、ウルスの嗜好なんて、ほんと、どうでもいい。

 ということで、遊びはここまで。


「とりあえず、べラレーヌ・ボラージュの名前を、ロンダ国の貴族であたって。あの身のこなしは貴族で間違いない。それと、ブルーノ伯爵夫人とブルーノ伯爵の最近の動向を調べて。ちょっと、気になることがある。大至急ね」

と、ウルスに命じた。


 ウルスも、僕の気配の変化を感じ取り、真顔になった。


「了解しました。王太子」

と、仕事口調に戻って返事をすると、すぐに執務室を出て行った。



 仕事の早いウルスは、どんな手を使ったのか、思ったよりも早く調べてきた。


「さすが、フィリップ。大当たりだ。これを読んでくれ」

 

 ウルスが興奮気味に差し出してきたのは、さっきの女性、べラレーヌ・ボラージュの資料だった。


 ロンダ国のボラージュ伯爵の令嬢で22歳。

 そして、ボラージュ伯爵の資料も一緒にあった。


 何故か、最近になって、急激に事業の業績があがったボラージュ伯爵。

 その仕事相手の一人が、ブルーノ伯爵だ。


 ボラージュ伯爵が領地でとれたワインをブルーノ伯爵に輸出している関係だ。

 そして、二人とも、最近羽振りが良いと専らの評判らしい。


「ふーん、匂うな。……っていうか、臭いよね」


 僕の言葉に、ウルスも力強くうなずいた。


 ブルーノ伯爵夫人が連れてきた令嬢が、ルイスに接近した。

 そして、ブルーノ伯爵夫人が僕に紹介しようとした令嬢も、このべラレーヌ・ボラージュとやらで間違いない。


 ふーん……。


「ねえ、ウルス。僕、なめられてるのかな? 僕も忙しいし、あのブルーノ伯爵夫人は嫌いなんだけど、仕方がない。少しでも、邪な気持ちで、ルイスに接近したのなら、僕が直々に虫退治しないとね」

 

 そう言って、僕はウルスに向かって、にっこり微笑んだ。


「フィリップ……、その顔、怖いぞ……。しかも、すごい楽しそうだな……」

と、ウルスがなんともいえない顔をした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る