挿話 王太子の受難 2

 僕の言葉を聞いて、一瞬、納得のいかない顔を見せたブルーノ伯爵夫人。

 が、すぐに、嘘くさい笑顔をはりつけた。

 

「では、お気持ちが変わられたら、すぐにお知らせくださいませ。お待ちしておりますわ!」


 そう言って、帰っていった。


 はあー、疲れた! 精神的な疲労が激しい。癒されたい……。

 応接室を出たら、ウルスが待ち構えていた。


「お疲れさまでした、王太子殿下。では、仕事がたまっているので、仕事に戻りましょう」

と、やけに丁寧な口調で、僕を連行しようとするウルス。


 でも、僕は異常なまでに心が疲れている。

 そう、この疲労を回復するためには、やはりルイスだ! 

 ルイスを補充しなければ!


 ということで、ウルスのすきをつき、走り出した。


「あっ、こら、待て! フィリップ!」

と焦った声で叫びながら、ウルスが追いかけてくる。


 が、幸い、ウルスは足が遅い。

 ということで、つかまる心配もなく、僕は、悠々とルイスがいるであろう庭に向かって走っていった。


 

「あ! いたっ、ルイスだ!」


 まずは、ルイスのがんばっている様子をそっと観察したくて、離れたところで立ち止まった。


「……まだ、あんな遠くなのに、ルイスが見えるなんて、どんな目だ……?」


 やっと追いついたウルスが、後ろで息をきらしながら、つぶやいている。

 そして、大きく深呼吸して、息を整えると、僕に言い放った。


「フィリップ、ルイスを観察するのは3分だ!」


「えー!? たった3分で、あれだけの疲れが癒されるわけがないんだけど?」


「嫌なら、即終了で帰るぞ」


「わかった、わかった。じゃあ、僕の思う3分ね!」

と、適当に返事をして、ルイスに向かって、また、走り出した。


「誰にでも共通する3分だ!」

と、背後で、ウルスが叫んでいる。 


 どんどん近づいてくるルイス! 

 

 あ、今日は作業用の服を着ている。

 どんな服を着ても、やっぱり、ルイスは光り輝いているなあ……。


 少し手前で我慢できなくなって、

「ルイスー! 兄様だよー!」

と、大きな声でルイスに呼びかけた。


 土を耕していたルイスが手をとめて、こちらをちらりと見た。

 僕はぴょんぴょん飛びながら、全力で手を振る。


 が、ルイスは、すぐさま、視線をそらし、また、くわを持って土を耕し始めた。


「すごいな、ルイスは! 僕に返事もしないほど、集中してる!」


「嫌がられただけだろ? なにが、兄様だよー、だ。俺でも無視するわ……」

と、追いついてきたウルスがぶつぶつ言っている。


「ルイスは、そんな子じゃない。やさぐれたウルスと違って、心のきれいな、天使だからね」


 ルイスを見ているだけで、疲れがどんどん癒されていく。

 

「それにしても、ルイスに耕されると、土まで輝いてくるよね。そう思わない?」


「おい、フィリップ……、目、大丈夫か?」


 ウルスがあきれたように言ってきた。

 あの輝きが見えないなんて、そっちこそ大丈夫?


 その時だ。一人の女性がルイスに近づいていくのが見えた。

 

「あれは誰?」


 すぐに、ウルスにたずねた。ウルスは首をひねる。


「誰だろうな? 顔が見えないからわからないが、アリス嬢でないことだけは確かだ。あのお茶会の二人の距離を見たら、アリス嬢は、自ら、ルイスに近づいていくことはありえない。そもそも、お茶会の日以外は、絶対に王宮に来ないし」


 その女性は、ルイスに何か話しかけたようで、すぐに礼をして、こちらに向かって歩いてきた。


 僕は迷うことなく、その女性に近づいていった。

 そして、たずねた。


「どうされましたか?」


 女性は、おっとりと微笑んだ。


「王宮は初めてなもので、道に迷ってしまったんです。でも、庭を手入れされている方にお聞きしたので、もう大丈夫です。ご親切にありがとうございます」


 そう言うと、表の庭へと続く道を歩いていった。


 貴族令嬢らしき若い女性。だが、会った記憶はない。


 何故、ルイスのところまで行って、道を聞いたんだ?

 そもそも、何故、ここにいた? ここは王宮の庭でも、かなり奥まった場所だ。

 立ち入り禁止の場所ではないから、咎められることもないが、目的もないのに、ここまで来るだろうか? 


 しかも、ここへたどりつくまでに、何人もの護衛騎士が立っている。

 迷ったのなら、そこで、聞けばいい。

 

 それに、ルイスが王子だと、わかっていない口ぶりだった。

 

 いくら、作業用の服を着ていたとしても、あの美貌。

 他に類を見ないほどのルイスの美貌は国中というか、最近は国外まで知れ渡っている。

 本当に知らなかったのか、知らないふりをしたのか?

 気になる……。

 

「執務室に帰る」


「え? まだ、3分たっていないけど、いいのか?」

と、ウルスが驚いた声で聞いてきた。


「僕のルイスセンサーが発動した。今日の王宮訪問者の名簿を、至急、取りに行ってきて」

と、ウルスに指示をだす。


「訪問者の名簿……? どうした、急に?」

と、ウルスが驚いている。


「さっきの女性だよ。わざわざ、ルイスに声をかけたのが、どうにも気になる。ルイスに関わることは、ほんの少しの憂いも晴らしておきたいからね。だから、ウルス。すぐさま、今日の分の王宮訪問者名簿を持ってきて」


「フィリップのルイスに関するセンサーは精度がすごいからな……。では、すぐに取りに行ってきます、王太子殿下」


 ウルスの口調が一気に仕事モードに変わった。

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