挿話 王太子の受難 1

※ 王太子視点のお話となります。



「王様より、来客があるので、1時間後に王太子も応接室にくるようにとのことです」


 側近のウルスが、僕の執務室に入ってくるなり言った。


「来客って、だれ?」


「ブルーノ伯爵夫人です」

と、ウルス。


「パス」


「無理です。王様の命令です」


「なら、居留守にしよう」


「いること、ばれてるから。あきらめろ」

と、面倒になったのか、ウルスが、ごろっと素の口調に変えてきた。


 ブルーノ伯爵夫人、何度か会ったことがあるが、こうるさい印象しかない。

 面倒だ。面倒すぎる! 


「なんで、僕が呼ばれるの?」


「さあ? 行けばわかるだろ?」

と、他人事のウルス。


「父上も断ればいいのに。なんで承諾するんだ」


「王妃様の親戚だと言われたからじゃないのか? 確か、王妃様の従姉妹が再婚したご主人のこれまた従姉妹がブルーノ伯爵夫人だったっけ?」


「それはもう他人だよね。断れ、父上!」


「王妃様と名がつくことには恐ろしく弱いからな、王様は……」


「っていうか、肝心の母上は、そのブルーノ伯爵夫人って知らないんじゃないの?」


「おそらく」


「はあー。ほんと、そんな暇があったら、ルイスの花壇を見に行くのに。今、ルイスは、王宮の庭師のもとで修行しながら、花壇をつくってるんだって。まだ、耕してる最中だから、何も植わっていないらしいけど。アリス嬢の為に花をさかせたいらしい。もう、本当に、ルイスって健気だよね。がんばりやだし。まさに天使!」


 ルイスを思い浮かべて、思わず顔がゆるんだ。

 そんな僕を見て、ウルスが深いため息をついた。


「あのな……。ルイスは、ちょっと方向を修正したほうが良くないか? 菓子職人になる勢いで、努力しているけど、あれ、どう考えてもおかしいだろう? 茶会の様子を垣間見るかぎり、その努力も気持ちもなにもかも、全くアリス嬢に伝わってないんだよな……。アリス嬢と距離を近づけるためには、花を咲かせるよりも、もっと先にやるべきことがあるはずだ」


 僕は、すぐさま言い返した。


「それは、ルイスが悪いんじゃないよ。アリス嬢に想像力がないってことだよね。ルイスがあんなに努力してるのに、気づかないんだから。奥ゆかしいルイスが口にできなくても、お茶会で、もっと注意深く観察していたら、ルイスの気持ちも努力も想像できるんじゃない? っていうか、するべきだよ。ほんと、もったいない……。ルイスに努力してもらってるのに。ほんと、うらやましい……」


「なんだ、その変な言いがかりは……。ほんとに、ルイスが絡むと常識が全くなくなるな……。それと、フィリップ。それ、他で絶対に言うなよ。まわりまわって、アリス嬢を溺愛している宰相の耳に入りでもしたら、……終わりだ」

と、ウルスが眉間のしわを深くして言った。


 そして、一時間後。

 重い足取りで応接室に行くと、ブルーノ伯爵夫人がいた。

 

 前に見た時と同様、きらびやかなドレスを着て、派手な化粧に、派手な髪型をしている。


 父上の隣の席にすわった。


「王妃の親戚の、ブルーノ伯爵夫人だ。お前に折り入って話があるそうだ。私は挨拶が終わったので、これで失礼する。あとは頼んだぞ、王太子」


 そう言って、さっさと去っていった。


 はあ? 父上め……。面倒なことを、僕に丸投げするとは! 


 母上の親戚と言われて、無下に断れなかったんだろうけど、これ、母上に言ったら、鼻で笑われること間違いなし。

 絶対、母上は、この伯爵夫人のことは親戚という認識どころか、視野にすら入っていないと思う。


 仕方なく、外面用の笑顔をはりつけて、用件を聞いてみた。


「今日は、何かご用でしょうか? ブルーノ伯爵夫人」


「わたくし、王妃様の親戚として、王太子様のこと、とても心配しておりますの」


「何がでしょうか?」


「もちろん、いまだ、婚約者を決めてらっしゃらないことにです!」


 おおきなお世話だ。

 僕は、ルイスの幸せを見届けてからでないと、結婚しないと決めている。


 が、そんな本音を教える義理はない。


「ご心配いただいて、ありがとうございます。しかし、今は、王太子としての公務が多忙でしてね」

と、僕は答えた。


 嘘は言っていない。


 ブルーノ伯爵夫人は、大仰に「まあ!」と、声をあげた。


「それでは、なおさら、婚約者を決められ、安心してご公務にまい進されるべきですわ!」

と、前のめりで言ってくる。


 数回しか会ったことがないのに、ほんと図々しいな……。

 時間がもったいない。

 こんなことを聞かされるなら、ルイスの花壇を見学したい!


 ルイスに言ったら、見られるのは土だけだから、来なくていいと断られたけれど、ブルーノ伯爵夫人とルイスの耕した土、比べるべくもなく、見たいのは土だ!


 と、そんなことを考えていたら、ブルーノ伯爵夫人の耳障りな声に引き戻された。


「……ということで、わたくし、王太子様にすばらしい御令嬢をご紹介しに参ったのですわ!」


 断る。

 会わなくても、紹介者を見たら、自ずとしれる。


「そんな素晴らしい御令嬢なら、引く手あまたでしょうから、遠慮しておきます」


 そう言って、やんわり断り、外面用の笑みをうかべた。


 まあ、ここで普通は引くよね?  

 迷惑だって、わかるよね? っていうか、わかってよね!

 と、ブルーノ伯爵夫人に密かに念を送った。



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