俺は出会った 9
ついに、アリスとの茶会当日。
前日は、色々考えすぎて眠れないのは、いつものことだ。
そのため、まだ暗いうちから俺専用の調理部屋にこもり、ひたすら菓子を作る。
直前まで全力を尽くしたい。
もちろん、今回は、面倒なことを頼んでしまった兄上とウルスに渡す菓子も多めに作った。
さあ、これで茶会の菓子は全て出来上がった。
今日は天気もいいので、中庭で茶会をすることにした。
テーブルのセッティングは信用のおけるメイドたちに任せているが、一応、最終の確認に向かう。今は茶会の菓子作りで精一杯だが、いずれは、飾りつけも自らできるように学ぼうと思っている。
午後2時から茶会だから、あと1時間か……。
はあー、長い。待ち遠しい。時間を早めたい。
そして、茶会が始まったら、時間を止めたい。
アリスとの茶会を脳内でシュミレーションしながら、中庭に向かって歩いていると……、甲高い声が聞こえてきた。
「ルイス様~!」
幻聴か……。今、ここに、いるはずがないもんな。
何も聞かなかったことにして、歩き続ける。
「ルイス様~、待ってください!」
幻聴が大きくなった。しかも、足音まで……。
嫌々、声の方を確認すると、王女がすごいスピードで走り寄ってくる。
その後ろから、あわてて追いかけてくるのは、昨日より、げっそりとしたウルスだ。
両手に王女が買い物したのであろう袋をいくつも持たされている。
はあー、なんで今なんだ……。
なにより大事なアリスとの茶会の前だぞ?
俺に関わってくるのはやめてくれ……。
あっという間に俺の前にやって来た王女。
「ルイス様にお会いしたくて、早めに町から戻って来たんです! 私、やっぱり、ルイス様と行きたかったですわ……」
と、上目遣いに俺を見た。
どろりとした目に、思わずぞわっとする。
アリスとの茶会の前に、俺に変な気をつけるのはやめてくれ……。
「楽しんでいただけたようで、良かったです。では、私は急ぎますので」
それだけ言って、すぐさま、立ち去ろうとした俺。
「待ってください、ルイス様~! 私、疲れたから、お茶をしたいんです。そこのお庭に、お茶の用意ができていたみたいだから、ルイス様、ご一緒してくださらない? もっとお話をして、仲良くなりたいんです、私……」
え……まさか?
俺は、ウルスに鋭い視線を向けた。
ウルスは、ぎくっとした様子で、俺の傍に飛んできた。
「すまない、ルイス。俺のミスだ。アリス嬢との茶会が中庭だと知らなかったから、中庭が見える廊下を通ってきてしまって……。アリス嬢との茶会の準備が整ったテーブルを見られた。だが、安心してくれ。王女は中庭からは遠く離れた部屋に閉じ込めて、お茶をだしておく。もちろん、絶対に、アリス嬢との茶会を邪魔させない。……だから、その殺気をしまってくれ」
と、俺に耳打ちしたあと、王女の方を向いた。
「王女様、ルイス殿下は大事な用がありまして、残念ながらご一緒出来ません。ですが、別のお部屋にお茶をご用意しております。そこは、窓から、町が一望できる王宮一見晴らしの良いお部屋にございます。どうぞ、そちらでお疲れを癒してください」
と、王女に声をかけたウルス。
「いえ、結構よ。私は、さっきの場所がいいわ! お天気もいいし、お庭もきれいだったし、なによりテーブルがとっても素敵に飾り付けられていたんだもの! ルイス様、ご用があるといっても、少しくらいいいのではなくって? だって、私は他国からきた王女ですもの。交流を深めるのも大事なことよね。だから、いいでしょう?」
いいわけないだろ! あれはアリスのために用意した席だ!
いらだつ心をおさえこみ、俺はウルスに早口で指示した。
「頼む。早く王女をどっかへ連れて行ってくれ。もし、アリスとのお茶会を邪魔したら……つぶす」
俺の言葉に、体をぎくっとさせたウルス。悲壮な顔で、ささやいた。
「わかった、わかった。……だが、ルイス。これでも、一応、他国の王女だからな? 絶対につぶすな!」
「誰であろうが関係ない。邪魔したら、つぶす」
俺たちが小声で話していると、いきなり、王女が走り出した。
あ、そっちの方向はアリスとの茶会をする中庭……!
「おい、待てっ! そっちへ行くな!」
思わず、怒りを含んだ声で叫んだ。他国の王女だろうが関係ない!
が、王女はふりかえると、何故か、甘えたような声をだしながら、俺に向かって手をふってきた。
「ルイスさまー! 先にいって待ってますから! すぐに来てくださいね!」
そう言って、また走り出した。
全く話しが通じない。しかも、やけに足が速い。
「げっ、やめろ! やめてくれ! 誰か王女を止めろ!」
と、焦ったように叫んだのは、ウルスだ。
すぐさま、王宮を護衛している騎士が王女の行く手をやんわりと阻止。
俺とウルスは王女に追いついた。
が、すでに中庭は目の前。アリスのために整えたその場所が、はっきりと見える。
「うわあ、近くで見ると、やっぱり素敵! ほら、ルイス様がこっちで、あっちに私が座れば、ぴったりじゃない!?」
と、庭をながめながら、王女が興奮気味に言った。
あっちとは、アリスの席だ。
アリスのイメージにあわせた椅子を俺が選んだ。
万が一にでもあの椅子に座ったら……許せない。
俺の思いを身に染みて知っているウルスの顔色が、どんどん、どんどん悪くなっていく。
「あそこは座ったらダメだ」
怒りをおさえながら、俺は淡々と王女に言った。
「なぜダメなの? 私は、あそこに座って、お茶がしたいわ。ねえ、いいでしょ? ルイス様」
と、王女が、馴れ馴れしい口調で食い下がってきた。
「マレイラ王女様には、もっと良い席をご用意しますので、さあ、行きましょう。というか、即刻、立ち去りましょう。本当に、本当に、まずいですから……。しかも、こんなところを、もう一人の厄介な人間に見つかったら、ものすごく、まずいですから……」
と、ウルスが必死の形相で、王女を説得しようとしている。
「さっきから、何をわけのわからないことを言っているの? ここがいいわ! もう用意もできてるじゃない。あとはお茶とお菓子を運んで来たら終わりでしょ?」
と、王女。
やっぱり、話しが通じない。
このまま、ぐずぐずしていたら、アリスとの茶会に支障がでる。
俺は邪魔者を排除するべく動こうとした。
その時だ。
「ねえ、ウルス。ここで、何してるの? 町から帰ってきたって報告があったのに、ウルスがちっとも戻ってこないから、探しにきたんだけど」
と、現れたのは兄上だ。
「ここで、ルイス様とお茶がしたいんです、私。王太子様からも言ってください……」
と、兄上にも上目遣いで言う王女。
あんなに怖がっていたのに、もう、忘れたのか……?
まあ、どっちにしても、完全にすがる人間を間違えている。
兄上は、にこにこしているけれど、目が完全にターゲットをとらえた。
鋭い猛禽類の目だ。
「だから、やばいって……」
と、つぶやく、ウルス。
兄上は、不気味なほど、にこにこしながら、王女に近づいて、言った。
「あのね、僕の一番嫌いな人って、わかる?」
いきなりの質問に、王女が「は?」と、つぶやいた。
「僕の一番嫌いな人はね、ルイスが嫌がることをする人だよ……。ということで、今日は町で沢山買いものができたみたいだし、満足でしょ? 早く帰ろうね」
兄上は、次にウルスの方をみた。
「ウルス、案内というより、荷物持ち、お疲れさま。でもね、ルイスに迷惑をかける前に、なにがなんでも王女を止めないと」
と、冷え冷えとした声で言った兄上。
そして、今度は俺のほうを向いた。
「ルイス、本当にごめんね。お詫びに兄様が責任をもって、予定を前倒して、速やかに、この王女を城から送り出すからね。アリス嬢が来る頃には、城の外だから。安心して、お茶会を楽しんでね」
そう言うと、兄上は王女をひたと見据えた。
「じゃあ、行きましょうか。モリーニ国の王は、すでに帰り支度をすませて待ってますよ」
「え、だって、お父様は、王様と王太子様と夕方までお話合いをされるって言ってたわ」
と、驚いた様子の王女。
「なんだか嫌な予感がしたから、僕が猛スピードで仕切って、話し合いを早く終わらせたんだ。だから予定変更。……ああ、それと、マレイラ王女に忠告。本当に早く帰ったほうが身のためだよ。ほら、台所にいる卵の白身を食べる幽霊。さっきから気配が消えたんだって。ルイス大好きな幽霊だから、マレイラ王女がルイスと話すのが気に入らないのかも。こっちへむかってるんじゃないかな。鉢合わせると、とりつかれるかもよ。だから、会わないうちに城をでたほうがいいよ」
と、語った兄上。
なんだ、その変な話は……。
さすがに作り話だとわかるだろう。
と思ったら、王女はおびえた顔で叫んだ。
「帰るわ!」
兄上はにっこり笑って、うなずいた。
「では、モリーニ国の王のところまで送りますよ」
こうして、モリーニ国の王と王女はアリスが城に来る前に帰っていった。
さすが兄上。
俺には計り知れない策を考えつくんだな。
おかげで、今月も、アリスと無事に茶会をすることができて、俺は幸せだ。
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