俺は出会った 8

 そして、晩餐会の時間になった。

 

 広間へ行き、モリーニ国の王と王女を出迎える。すると、王女は、兄上の顔を見て、ぎょっとした表情をした。


 横に長いテーブルに父上、兄上、俺という順で横に並んで座った。

 そして、テーブルをはさんで、父上の正面にモリーニ国の王、そして兄上の正面に王女が座る。


 ……が、王女は何をしているんだ?


 モリーニ国の王が、あわてて小声で叱った。


「おい、マレイラ! やめなさい! 行儀が悪いぞ」


 というのも、王女は自分が座る椅子を兄上の正面から、俺の正面へと自らひっぱって移動させ始めたからだ。


 晩餐会で、こんな行動をとる令嬢、ましてや王女を見たことがない。

 あっけにとられて思わず見てしまう。


「そんなことを言っている場合じゃないわ、お父様! だって、あの人、本当にこわいんだもの!」

と、必死の形相で王女が王に小声で言い返した。


 丸聞こえなのだが……。


 しかし、兄上。

 よほど、怖がらせたんだな……。


「本当に申し訳ない、王太子殿下。甘やかして、育ててしまったもので……」


 モリーニ国の王が気まずそうに謝った。

 が、兄上は、それはそれは優しい笑みをうかべた。


「いえいえ、お気になさらず。マレイラ王女には、すっかり嫌われたようで、残念です」

と、ちっとも残念がっていない顔で言った。


 そして、そのやりとりを見ていた父上がすべてを悟り、兄上を鋭くにらむと、控えていた執事に指示をだした。


「マレイラ王女の椅子をルイスの前まで、動かしてあげなさい」


 執事が俺の正面に椅子を運ぶと、王女は安心したように座った。

 その途端、さっきまでのおびえた表情をころりと変えて、俺に媚びるように笑いかけてきた。


 あれほど兄上を怖がっていたのに、すごい変わり身の早さだな。

  

 とにかく、無難に食事をして欲しい。

 俺に変に関わってこないで欲しい。

 なにより、兄上を怒らせないで欲しい。と、心の中で念を送った。


 そんな微妙な空気の中、料理が運ばれてきて、食事が始まった。


 モリーニ国の王と父上は、お互いの国について、和やかに話しながら食事を楽しんでいる。

 いつもなら、王太子として、兄上も会話に加わるはずなのに、微笑むだけで、黙ったままだ。


 そう、王女に目をひからせているからだ。

 まさに、何かした瞬間に仕留めようとしている感じが、隣に座っていて、ピリピリと肌で感じられる。


 穏やかな口調とにこやかな表情でだまされている人間も多いが、兄上は爪を隠しているだけだ。

 本質は猛禽類に近い。つまり、怒らせたらまずい人間だ。


 とりあえず、さっさと食べて、さっさとこの晩餐会から退出しよう。


 と、思った次の瞬間、

「ルイス殿下は、明日はどうされる予定ですの?」

と、王女が聞いてきた。


「明日は、なによりも大事な用があります」

と、即答した。


 アリスのお茶会以上に大事な用は、俺にはない。


「明日、お父様が王様とお話している間、私、この町を観光することにしているんです。ルイス様、ご一緒していただけませんか?」

と、上目遣いで言ってきた。


 聞いていなかったのか? 

 なによりも大事な用があるんだが? 

 まあ、なくても、絶対に行かないが……。


 ああ、でも、アリスとは町へ行ってみたい。

 いや、アリスとなら、どこへだって行きたい。

 というか、アリスのいるところに俺もいたい。 

 

 と、アリスへ意識を飛ばしていたら、

「是非、ルイス様と一緒に街をまわりたいですわ」

と、ねっとりとした声で現実に引き戻された。


 期待に満ちた、どろっとした目で俺の返事を待っている王女。

 仕方なく、もう一度はっきり断ろうとしたその時だ。


「では、私の側近、ウルスをお供させましょう」


 黙っていた兄上がいきなり話に入ってきた。


 テーブルのそばで控えていたウルスが目をむいている。

 流れ玉が飛んできた感じだろうな……。


 が、兄上は構うことなく、「ウルス、ちょっと来て」と、呼んだ。

 悲壮感漂う表情で、兄上に近づいてくるウルス。


「これが、僕の側近のウルスです。ものすごく有能で、町のことを知りつくしています。ルイスを連れて行くよりずっと役に立ちますから」

と、にっこり微笑んだ兄上。


(褒められても嬉しくない!)

と、ウルスの心の声が聞こえてくるようだ。 


 ウルスの顔の疲労が、すごいことになっている。

 ウルス、悪いな……。

 

 だが、ウルスを犠牲にしてでも、俺はアリスとの茶会を死守したい。

 

 お礼にもならないとは思うが、明日、ウルスの分の塩味のクッキーも沢山焼いておこうと、心に決めた。


「いえ、せっかくなので、ルイス様と一緒に行きたいですわ」

と、兄上に怯えながらも、ひかない王女。


「いえいえ、ウルスのほうが断然おすすめです。それに、ウルスとルイス、名前も似ているでしょう? 腹立たしいんだけどね……」


 ん……? 俺の聞き間違いか? 

 今のセリフ、かなり、おかしなことを口にしていたような……。

 

 そんなことを考えていたら、

「そうだ、マレイラ王女。その料理を見て、何か気づきませんか?」

と、兄上が急に話を変えてきた。


 今、俺たちの前に運ばれてきたのは、メインの肉料理だ。


「お肉のお料理ですよね? これが何か?」

と、王女が首をかしげた。


「ほら、肉の上に黄身だけがのっていて、白身がないでしょう? 台所の幽霊が、また、食べたみたいだね」


 王女が、いきなり後ろへのけぞった。

 それを見て、兄上は怪しい笑みを浮かべた。


「その白身だけを好んで食べる幽霊はね、ルイスのことが大好きなんだ。だから、ルイスと町へ行ったら嫉妬して、マレイラ王女につきまとうかもね?」

と、訳のわからない作り話をぶちこんできた。


 さすがに、それは信じないだろう?

 いくらなんでも、胡散臭すぎるからな。


 ……と思ったら、あきらかに王女が俺を見なくなった。


「王太子というか、詐欺師か……」


 ウルスが、あきれた顔でつぶやいている。


 が、俺は、兄上に心の中で感謝した。

 アリスとのお茶会に集中できるのなら、幽霊でも、なんでも、ふんだんに盛ってくれ!




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