俺は出会った 7

 兄上が王女の案内を引き受けてくれたおかげで、俺は明日のお茶会の準備の確認ができた。

 

 お礼に、兄上には甘さをかなりおさえた木の実入りの菓子を焼いてみた。

 想像以上に美味しくできたので、明日の朝、茶会用にも焼くことにした。 

 選択肢は多いほうが安心できる。

 

 今も兄上は王女の相手をしてくれているだろうから、執務室に届けておこうと、廊下を歩いていると、……あ、ウルスだ。


 いつにもまして、疲れた顔をしている。


「ウルス」

と、呼びかけた。

 

 ウルスは俺に近づいてくると、くんくんと匂いをかいだ。


「ルイスからいい匂いがする……。ああ、そうか。明日はアリス嬢とのお茶会だったっけ。また、菓子を作ってたんだな。あー腹減った。俺、昼食、食べてないんだよなー」

と、悲痛な声をあげたウルス。 


 兄上の側近で幼馴染でもあるウルスは、俺にとって、兄も同然。

 心を許せる数少ない存在でもある。


「これ、兄上に渡そうと思って焼いた菓子だが、食べるか? 甘さは相当おさえているから、甘いものが苦手なウルスでも大丈夫だと思う」


 そう言って、手に持っていた菓子の入った袋をウルスに差し出した。


「俺が食べてもいいのか? フィリップに持っていくつもりだったんだろう?」

と言いながらも、ウルスは素早く袋をつかみとり、すでに自分の胸に抱え込んでいる。よほど、空腹なんだろう。


「いや、大丈夫だ。思いのほか、よくできたから、明日の朝、アリスとの茶会用にも焼くことにした。その時に、兄上の分も一緒に焼くから、それはウルスが食べてくれ。そのかわり、後で感想を聞かせてくれたらありがたい」

 

 ウルスは、なんとも言えない目で俺を見た。


「なんだろうな……。ルイスは優秀で真面目で努力家なのに、努力のしどころがなんかずれていて、残念な感じがするんだよな……。それに、その変な方向に、つきぬけていくところ、やっぱり、ルイスとフィリップは兄弟なんだなと、しみじみ思ったわ。似なくていいところが、似ているというか……」

と、憐れんだ顔をした。


「……ウルス。その菓子、返せ」


 俺は手を伸ばす。


「嫌だ! これはもう俺の物だ!」


 そう言うと、紙袋から、素早く菓子をとりだし、ひとつ口に放り込んだウルス。


「……うまいっ! なんだ、これ? うますぎるだろうっ!? 本当にルイスが作ったのか!? プロの味じゃないか!」

と、えらく驚いている。


 心外だ。


「美味しくて、あたりまえだ。アリスにまずいものなど食べさせられないだろう。そのために、俺は菓子作りに全力を注いできたんだからな」


「はああ……。なんで、それだけの努力をアリス嬢に伝えないのか意味が分からん……。何度も忠告したのに、ルイスは頑なだからな……。いっそ、密告でもしてやろうか……。いやだが、下手に何かして、更に関係が悪化したら……、アリス嬢命のルイスとルイス命のフィリップに俺が殺されるな……。うん、まあ、いいか。放っておこう……。それにしても、ものすごくうまいな……」

と、早口で、なにやら、ぶつぶつとつぶやきながら、次々と菓子を口に放り込んでいる。


「それより、ウルス。兄上はまだ、王女を案内しているのか? 面倒なことを兄上に押し付けてしまったが……」


「いや、面倒どころか、張り切ってたぞ。フィリップは」


「張り切る……?」


「ああ、張り切りすぎて、あの調子だと城の案内は当分終わらないと思う……。久々にルイスが嫌がっても、近づいてくる相手に会ったもんだから、ルイスに近づかないよう釘をさす気満々なんだと思う。ほら、この国では、そんな奴は滅多にいないだろう? ルイスにしつこく近寄るやつが現れるたび、フィリップが二度と近寄る気をなくすよう追っぱらってきたからな」


 確かに……。

 俺はこの厄介な見た目のせいで、どうも、面倒な人間を引き寄せてしまう。

 が、その都度、兄上が盾になってくれ、俺の知らないところで遠ざけてくれていた。


「だが、張りきるといっても、普通に城の案内をしているだけだろう?」


「いやー、あれを城の案内とは言わんと思うが……」


「一体、何をしているんだ、兄上は?」

 

 俺が聞くと、ウルスは顔をしかめた。


「ルイス絡みで張り切るフィリップには不安しかないからな。俺もつき添って、途中まで様子を見ていたんだが……。城の中を王女をひきつれて歩きながら、幽霊の話ばかりしていたな……」


「は? 幽霊?」


「ああ、そうだ。例えば、廊下の大鏡があるだろ? そこで説明していたのは、この鏡から、女性の幽霊が飛び出してきて、金色の長い髪の毛だけを狙ってひっぱる話だ。しかも、金色の髪の毛の王女を見ながら、煽るようにな……。あとは、大昔、地下牢のあったとされる場所に連れて行き、ここでは首なしの幽霊が現れて、甲高い声で奇妙な歌を歌うなんてのも言ってたな。しかも、再現するかのように、ものすごい裏声で不気味な歌を真顔で歌っていたんだぞ……。幽霊よりもフィリップの行動のほうが怖いだろ?」


「……ああ」


「あとは、なんだっけ……。そうだ、廊下をぼんやり歩いていると、背中に飛び乗ってくる幽霊がいるっていうのもあったし、極めつけは、台所で生卵の白身だけを食べる幽霊がいるとか、もはや変すぎて、わけがわからん……。

とにかく、声色を使い分け、鬼気迫る演技力で、身振り手振りで話したり、叫んだりしながら、王女をつれまわしている。まあ、城の案内というよりは怪談めぐりみたいな感じだろうな」


「……おい、うちの城は、そんなに幽霊がいるのか?」


 本当なら大問題だ。

 万が一、お茶会の時にアリスが目撃して、泣いたりしたらどうしてくれる!?

 すぐに、除霊を学ぶしかない……。


 などと、考えをめぐらせていると、ウルスが大きなため息をついた。


「まあ、古い城だから、噂のひとつやふたつはある。が、それも昔からあるものだ。実際、俺は見た人間を知らない。もちろん、俺自身も見たことがない。フィリップもないだろう。それに、生卵の白身だけを食べる幽霊ってなんだよ? それって、フィリップが白身が嫌いだから、いたらいいなっていう願望だろう……」


「じゃあ、全部、兄上の嘘なのか?」


「まあ、嘘といえば、完全に嘘だな。フィリップが即興で話を作りながら、しゃべっているんだろう。なんというか、役者になったほうがいいんじゃないかっていうくらい、しゃべりはうまい。その能力の使い方が、王太子としては完全におかしいだけなんだよな……。そうか。こういうところが、ルイスの菓子作りと同じに思えるのか。さすが、兄弟だ。まあ、王女は相当おびえていたようだから、こんな危ない城に住むルイスにはもう絡んでこないと思うぞ」


 そう言いながら、菓子の入った袋をしっかり抱えて、ウルスは立ち去って行った。


 何故、俺の菓子作りがそこに並び立つのか、まるでわからない。

 が、まあ、兄上が嫌がっていないのなら良かった……。


 とりあえず、今日の晩餐会だけ無難にのりこえられたら、あとは、明日のアリスとのお茶会が待っている。


 全部、兄上のおかげだ。

 お礼に、明日は、木の実の焼き菓子のほかに、兄上の好きな塩味のクッキーも作って渡すことにしよう。

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