俺は出会った 6

 父上の執務室に行ってみると、兄上もいた。


「急な話だが、来週、モリーニ国の王が訪問してくることになった。なんでも隣国のロンダル国へ行くので、挨拶によりたいそうだ。今回は、王女を連れての気軽な旅らしいから、気をつかわないでほしいといわれたが、そうもいくまい。わが国に一泊することになった。王女はルイスと同じ年だ。二人とも、もてなすのを手伝ってくれ」


「来週はアリスとの茶会があります。その時間以外なら大丈夫です」


 俺の言葉に、父上は眉間にしわを寄せた。


「ああ、アリス嬢との茶会か……。茶会は来週のいつだ?」


「土曜日です」


「うっ……、かぶってるな。モリーニ国の王と王女がくるのは、金曜日から土曜日にかけての予定だが……」


 父上は俺の顔を見る。


「あのな、ルイス。アリス嬢との茶会だが、延期することは……」

と、言いかけた父上。


「無理です。嫌です。絶対に延期しません」

 

 俺は言いきった。


「ほんの数日、……いや、たった1日でいい、延期してくれるだけでいいんだが……」


 父上が更にかぶせてくる。


「嫌です。一カ月、待ちに待った茶会をさらに先に伸ばせというのですか? 俺を殺す気ですか?」


 そこで、兄上が立ちあがった。


「父上! ルイスの楽しみを奪わないでいただきたい! ルイスのかわりは僕がしますから!」

と、胸をはって言ってくれた。


「おおげさなやつらだな……。たった一日、延期してくれって言っただけだろうが……。どいつもこいつも面倒くさいな……」

 

 父上が疲れた顔でつぶやいた。

 が、兄上は、そんな父上を気にすることもなく、俺のほうを向いた。


「大丈夫だ、ルイス! アリス嬢とのお茶会は兄様が守るよ。兄様に任せて!」

と、力強く言ってくれた兄上。


 いまだに俺を小さい子どものように、「兄様に言ってごらん」などと言う兄上を、近頃、少し鬱陶しく思うこともあったが、申し訳なかった……。


 やはり、兄上は頼りになる。


「兄上……ありがとう」


 俺は心からお礼を伝えると、兄上は嬉しそうに笑った。


 

 そして、ついに金曜日になった。

 明日は、やっと、アリスに会える。

 

 茶会用の菓子作りの準備は終わった。

 あとは、明日の朝、焼いたり、仕上げたりするのみだ。


 本当は、アリスとの茶会の前日は、学園から帰ったあと、茶会の準備しかしない。

 というのも、心身ともに万全に整えておくべく、心乱さないように過ごしたいからだ。


 が、今日は、モリーニ国から王と王女が午後にやってくる。

 できることならば俺だけ外してもらいたいところだが、そうもいかない。

 明日は、兄上に任せることにしているし、今日は俺もつきあわないと……。


 ということで、父上と兄上と俺で、モリーニ国の王と王女を出迎えた。


 先頭にいる恰幅のいい男性が王だろう。その横に、王女らしき人物がいた。


「ようこそいらっしゃった。歓迎します」

と、まずは父上が言った。


「急な訪問なのに、歓迎してくださって感謝します」

と、モリーニ国の王が答えた。


 そして、隣の王女を見ながら、

「娘のマレイラです。他国を見るのも今後のためになるかと連れてきました。ほら、挨拶しなさい」

 

 王が促すと、王女がつつっと前にでた。


 金色の髪をぐるぐると巻いている。

 ドレスは真っ赤で派手な印象だ。


 アリスは絶対着ないドレスだな。

 アリスは明日は何を着てくるんだろう……。楽しみだ。

 

 先月は薄い水色のドレスを着ていたが、まさに妖精だった。

 まあ、アリスは何を着ても似合うし、何を着ても妖精だけどな。


 ……と、気が付けば、アリスのことばかり考えていて、王女の挨拶を聞き逃してしまった。

 待ちに待ったアリスとの茶会の前日は、いつも以上に、アリスのことばかり考えてしまう。


 兄上が、一歩前にでて、にこやかに言った。


「王太子のフィリップです。モリーニ国の王様、マレイラ王女、わが国へようこそ」


「第二王子のルイスです。ようこそいらっしゃいました」


 俺も兄上に続いて簡単に挨拶をした。


 すると、何故か、王女が俺の前にぐいっと寄って来た。

 俺はとっさに一歩下がった。


「ルイス殿下。私と同じ年とお聞きし、お話できるのを楽しみにしておりました。仲良くしてくださいね」

 

 そう言って、上目遣いに笑いかけてきた王女。


 あー、またか……。

 笑っている目がどろりとして見えた。苦手な目だ。


 アリスの目は澄んでいて、きれいなのにな……。

 早く、アリスを見たい。会いたい。目にやきつけたい……。

 と、意識をアリスへ飛ばす。


「私、お父様が国王様とお話をされている間、ルイス様に、このお城を案内してほしいですわ!」

と、いきなり王女が言い出した。


 はあ? 突然、何を言い出すんだ?


 思わず、王女をにらむと、何故か王女は顔を赤く染めた。

 目は更にドロリとしたものになった。


「マレイラは、美貌で評判のルイス殿下に会うのを楽しみにしてましてな。一目で気に入ったようだ。ハッハッハ」

と豪快に笑うモリーニ国の王。


「そうですかな? ハハ……」


 父上は面倒なことになったと言わんばかりの顔で、愛想笑いをしている。

 

 もう部屋に帰っていいだろうか。嫌な予感しかしないんだが……。

 

 すると、兄上が一瞬、俺の腕をしっかりとつかんで、早口でささやいた。


「大丈夫だ、ルイス。王女のことは兄様に任せて」


 そして、王女の前にさっと歩み出た兄上。


「ルイスは口下手でして、説明が苦手なのです。私が事細かく説明しながら、ご案内いたしましょう」


 兄上は王女にそう言うと、にっこり笑いかけた。


 悪いな、兄上。よろしく頼む。

 心の中で、兄上に感謝する。


「いえ、そこまで詳しく知らなくても結構ですから。それに、同じ年のルイス様のほうが気軽にお話できそうなので、ルイス様にお願いしたいですわ」

と、王女。


 おい、やめてくれ! 

 そして、兄上を怒らすのもやめてくれ!


 というか、もう遅いな。

 兄上の目が笑っていない。すでに、戦闘モードに入ったってことか。


 自分で言うのもなんだが、兄上は俺が嫌がるのに、俺に近づく人間を敵とみなす習性がある。

 というのも、幼少の頃から、どれだけ無表情であっても、俺の容姿にひかれた人間が、何度も俺に近づこうとしたからだ。

 なかには危ない人間もいた為、兄上は過剰なほど警戒する。


 兄上は、やけに穏やかな笑みを浮かべて、丁寧な口調で王女に言った。


「とんでもない。せっかくマレイラ王女においでいただいたのに、ルイスのつたない説明では失礼にあたります。僕が、しっかりとこの城を説明していきますよ。特に、地下牢とか歴史があっておすすめです」


 状況を察した父上が眉間にしわを寄せ、「おい、やめろ」と、小声で注意している。

 が、兄上はにっこり笑って言った。


「では、マレイラ王女に喜んでいただけるよう、じっくり、この城を案内してきます。その間、父上は、モリーニ国の王様とゆっくりご歓談を。ルイスは明日の準備をしてきていいよ」


 それはありがたい。

 お礼に、兄上にも菓子も焼いておくことにしよう。


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