第34話 縛りプレイだなこれは


「ほわぁああああああ!?」


 俺がダミーダンジョンを作り始めた翌日。手伝ってもらおうとノーム集団を連れてきたら、制作中の現場を見るなりマインが声をあげた。


 建設地は十分な広さがある。うちのダンジョンが、山脈の一部に存在していたおかげだ。下層へと続く本体ダンジョンとは違って、ダミーは横方向に広く作っていく。


 俺のポリシーからすると『内装』には凝りたいところだが、イメルダたちの情報によると、兄のユーバーが動き始めているということだ。


 ……第2王子、ユーバー・レイモンド。

 線の細い金髪のイケメンではあるんだが、嫌みったらしい表情が常に顔に貼り付いた男だ。今は20歳。


 原作ゲームでも、プロローグで主人公アルトを王宮から追い出す急先鋒だった。この世界でもそれは同じで、俺に濡れ衣を着せて牢に入れた。俺はギリギリのところで脱獄して逃走したが、その後に追っ手を差し向けてきたのも、おそらく主にヤツの仕業だろう。


 そいつが、改めて本腰を入れて俺を探している。

 厄介なのは、ユーバー本人もその側近たちもかなりの実力者というところ――これはゲーム知識ではなく、こっちで過ごした王宮時代の記憶だ。


 本人は【白銀級】の実力を持つ魔法剣士。側近たちはお飾りではなく、本当の戦地で生き抜いてきた騎士たち。


 ――そいつらが接近すると聞いたら、本物のダンジョンに近づけるわけにはいかない。入口は男を弾き出すが、もしかしたらそんな結界を突破するすべを持っているかもしれない。


「こっちのダミーダンジョンは、相手のやる気をなくす目的でトラップを仕掛けようと思うんだ。真っ正面から戦うなんてバカらしいし、モンスターたちも傷つけられたくないし……って、聞いてるかマイン?」

「すみません! いえ、相変わらず社長の建設力が……ここって何もなかったんですよね? 早すぎます、私たちのお手伝いなんて必要なんでしょうか? あっ、もちろん労働が増えるのは大歓迎なんですが!」


 内装が適当でいいなら《クリエイト》で一瞬だからな。


「このあいだも言ったけど、マインたちみたいに手作業でやれるほうが凄いと思うよ。頼りにしてるからな?」

「っっ、はい!!」


 ノームたちはそろって拳を突き上げ、士気の高さを示してくる。


「よし。それでさっきの話だが、とにかくこっちは侵入者をもてなしたりしない。出来るだけ入口付近で追い返す。それでも突破してくるようなら、士気を削ぐようなトラップにはめるんだ」

「……例えば、ゴールの無い迷路ではだめなのでしょうか?」


 マインが質問する。


「誰もいない、お宝もない、ただの洞窟にしてしまえば、呆れて出ていってくれるのでは?」

「それじゃあ付近を捜索されるだろ? ここに何もないなら他を探そう、ってな」

「なるほど。では、命を奪うようなトラップなどは?」

「それも却下だ」


 別に、人間を殺すことにためらいはないんだが。


「相手は曲がりなりにも一国の王子だ。そいつを殺しちまったらそれこそ軍隊が丸ごと動いて来かねない。行方不明になっても同じだろう。生かさず殺さずに追い返すタワーディフェンス……しかも、縛りプレイだなこれは」

「ほうほう。『縛り』ですか……朧さんが、娼館にも取り入れようとおっしゃってましたね」

「アイツの言うことは聞くな」


 どこまで脳内がピンクなんだ。


「とにかく。いかにも何かありそうな仕掛けを作って、なのに攻略できない――って具合にしたいんだ」


 それに当たって、事前にメディたちからもアイデアをもらっていた。


「メディは、集団を分断させるトラップがいいと言っていた」

「各個撃破ですか? メディさん、戦略家なんですかね」

「――というより、『1人ぼっちになったらさみしくて帰りたくなるはず』だってさ。ただマインの言うとおり、各個撃破のメリットもあるからな。集団でやって来たら、なるべく早い段階でバラバラにさせるようにしよう」


 次に朧のアイデア。

 意外と真面目にも『同士討ち』の案を出してきた。朧が敵の1人に化けて攪乱し、疑心暗鬼に陥らせ、衝突するよう仕向ける作戦だ。


 しかし、それは俺が却下した。

 モンスターたちを前線に立たせる気はない。朧の実力なら問題ないだろうが、万が一もある。人間なんかにうちの連中を傷ものにされたくないからな。



 そしてニューは、とにかくヌルヌルねばねばのトラップを提案してきた。

 これは採用。

 不快指数がマックスまで上がれば、撤退の決断を早めるに違いない。


「いいですね、作りがいがありそうです!」


 マインもやる気だ。


「ノームたちも良い案があるか?」


 ちっこいノームたちは、額を突き合わせて、ゴニョゴニョと相談する。代表してマインが、


「我々はあまりインパクトのあるアイデアは思いつきませんが……シンプルですが、とにかく物量で攻めるのはいかがでしょう?」

「物量? トラップの数か?」

「ええ。それも――……」


 と、アイデアを教えてもらう。


「うん。アリだな。しかしこれ……作業量が多そうだな? ま、そこはマインたちにとっては一石二鳥か」

「はいっっ!」


 いつもの満点笑顔で、作業に取りかかった。



 ■ ■ ■



 ちょうどその頃。

 アルトの命を狙う王子ユーバーとその手勢は、軍馬を駆り、ダンジョンに近い地域まで乗り込んできていた。


 王子を含め、20人ほどの集団だ。


 小高い丘のうえから周囲を見渡し、


「――あの村は?」


 ユーバーは傍らの、ヒゲ面の騎士に問いかける。


「大した特産もない、小さな村です。あちらで聞き込みを?」

「そうだな。――ついでに、若い娘でもいればちょっといくかな」

「ユーバー様も、奥方様から離れて羽を伸ばしたいと……」

「ふふ。人聞きが悪いことを言うもんじゃないよ?」

「これは失礼しました」


 ニヤッと笑ってヒゲの騎士は、先頭を切って村へと進んでいった――ポンコツ村娘ちゃんの住む、その村に。


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