第23話 ぶん殴って全財産パクってやる!


 俺の装備した鉄仮面――メディにも好評(?)なようだし、気を取り直して、さっきの要領でイメルダの石化を戻す。


「《キャラクターメイク》」


 ただし全身ではなく、頭から胸元だけを限定的にだ。会話はできるように、でも逃げられないように。

 すると、石化を解かれたイメルダは両目をパチパチさせて、

 

「……な、なんだ? アタシは何を」

「よし、上手くいったな」

「!? あんたがその娘を使って!? ちっ。アタシをどうするつもりだい!」


 鋭くこちらをにらむ。

 こんな状況でもすぐに臨戦態勢に入れるのは、さすがは盗賊団のリーダーといったところか。だからといって何もできないんだがな。


「質問をするのはこちらだ」


 なるべく威厳のある声で問う。

 一応、俺の服装は魔王っぽい雰囲気だし、鉄仮面を付けることでミステリアスな感じも出せているはずだ。

 

「黙ってここから去るつもりはあるか? 絶対に口外しないならこのまま見逃してやったもいいが」

「キアをどこにやった? あの子を返してもらうよ」


 敵対者同士、簡単に会話が成り立つはずもない、か。

 いいぜ。本題だ。


「貴様、もとは奴隷だな?」

「――――ッ!? 見たな」


 ええ、見ましたとも『裏設定』を。奴隷の刻印そのものはまだ見てないけどな。


 イメルダは顔に憎悪をにじませて、

 

「目的が増えたね。キアを取り戻す、お宝をいただく――そしてあんたを消す」

「消す、か。それもこちらのセリフだな」

「ヤルならさっさとりなよ。こんな無様なありさまだ。簡単だろう?」

「そうじゃない。俺が消すのは【奴隷の刻印】だ」

「っっ!? な、なにを言って」


 狼狽の色が浮かび、すぐさま怒りの形相に戻った。


「冥土の土産がそんな戯れ言かい? どこの誰だか知らないが、趣味が悪いね……!」


 刻印を消せるなんて夢にも思っていないんだろう。

 おそらく、この調子なら何度もさまざまな方法を試したに違いない。けれど、うまくいかずに絶望した――


「さっさと殺せばいいさ。こんな奴隷の、薄汚れた盗賊なんてさ」

「《キャラクターメイク》」

「――――?」


 この世界で人間相手に《キャラクターメイク》を使うのは初めてだったが、何の支障もなく適用された。


 なにせ、もともとゲームでは女冒険者たちを改造するためのスキルだったわけだからな。モンスターに使えるほうがイレギュラーってもんだ。


 これが使えるならあとは楽勝。

 イメルダは服を着たままだが、キャラメイクの画面では素肌を見ることができる。空中に浮かんだウィンドウで、彼女は丸裸だ。


 ただ、向こうからはキャラメイク画面が見えないらしく、指先を振るだけの俺の姿に困惑していた。


「魔術の真似かい? それとも呪術……。そう、時間をかけてアタシを苦しめようって魂胆かい」

「余計なことはしゃべらないでくれ。気が散る」


 俺にぴったり寄り添うメディも、人差し指を立てて、


「しーっ! アルトさま、こういうとき真剣。じゃましちゃだめ」


 画面の中には、胸元に刻まれた奴隷の刻印。

 

 黒い模様だ。蛇がトグロを巻いて、その中央部には卵――卵は奴隷たちを、蛇は主人の貴族を表しているんだろう。まったく、悪趣味だな。

 

 魔術によって施された、決して消えないしるしだというが――


 俺にかかればなんてことはない。『肌のテクスチャ』を選択して上書きしてやればいい。色の選択は慎重に。カラーパレットを調整して、もとの色と寸分違わぬものに。ついでに――


「イメルダ。あんたは『古傷は勲章だ』なんて言っちゃうタイプか?」

「なんでアタシの名を……勲章だって? あいにく、そんな戦闘バカみたいな信条は持ち合わせてなくてね」

「オッケー」


 彼女の体には、奴隷時代につけられたのか、それとも盗賊活動で刻まれたのか――斬られた傷跡や、手かせ足かせの跡などがいくつも残っていた。


 そいつもついでにキャラメイクで消してやる。


 ……もっとも。

 世の中には傷跡フェチという、そこから過去を想像してハァハァする変態もいるらしいが。『悪堕ち王子の快楽ダンジョン』の制作者も似たようなタイプだろう。


 しかし本人にとっては憎々しい過去の象徴だろうし、風呂に入って堕としてしまいたい俺にとっても、肌を隠したくなる要素は排除しておきたい。


 そんなわけで。

 

「ヨシ、消えた」

「ふざけるな……! その類いの冗談は許さないよ!」


 うお、スゲェ剣幕……。

 そんだけ深い心の傷だったわけか。逆に、こんなアッサリ消したのがバレたら、それはそれでキレられそうだな。


「嘘だと思うなら証拠を見せてやるよ。やっちまうぞ、メディ、ローパー!」

「はい!」

「うにゅ!」

「な、何をする⁉︎ どこへ連れて行くつもりだ⁉︎」


 


  + + +

 


 メディとローパーに担がせて、例の風呂場まで運んできた。


「ここは……、キアっ⁉︎」

「あ! 姉御だ」


 まだジャグジー風呂でリラックス中だったキアと、感動(?)の再会だ。


「あんたこんなところで何を……いや、ホントに何してるんだい⁉︎」

「何ってお風呂……って、姉御こそ石に⁉︎ おいおまえ! 姉御になにしてんだよ⁉︎」

「危ないぞ」

 

 のぼせているのにザバっと立ち上がるもんだから、キアは立ちくらみでフラフラしている。


「安心しろ、すぐに戻すから。それより、そこに鏡があるだろ」


 洗い場には、覗き用のマジックミラー。こっちから見ればただの鏡だ。

 その前にイメルダの体を下ろさせる。


「失礼」


 指をふる。

 今度は魔法だ。胸元が露出するように、イメルダのシャツを縦に切り裂いた。


「―――ッ⁉︎ くッ」


 イメルダは反射的にまぶたを閉じて顔を背けた。鏡に映るはずの、醜い刻印を見ないようにしている。


「俺も貴族や王族は大嫌いでな……だからってワケじゃないんだか」

「…………?」


 おそるおそるイメルダは、薄めを開けて鏡に視線を向ける。

 そこに写し出されているのは、刻印のない彼女の素肌。


「こ、これは!? あんた、化粧か何かを? そんなもんで誤魔化す気かい!?」

「確かめてみろよ」


 腕の石化も解いてやる。

 俺の言葉を信じないイメルダだったが、もちろんどれだけ触っても、爪でひっかいてみても、水で濡らしても刻印は現れない。当然だ、上書きして無かったものにしちまったからな。


 そこにあるのは、イメルダの豊かなバストだけ。


「う、うそだろ……」

「姉御! なにされたの!?」


 ようやく立ちくらみから回復したキアが、濡れた全裸のままイメルダの元へ。


「胸、痛いとか!?」

「……いいや。むしろ、ずっとあった鈍い痛みまで消えてる……」


 刻印が放つという苦痛が消え去って、ずっと険しかったイメルダの表情もいくらか緩んでいる。


 ――もう良さそうだな。

 キャラメイクで全身の石化を外してやるが、イメルダは逃走するでも俺に向かってくるでもなく、その場で膝をついて鏡を見つめ続ける。


「本当に、まさか……」


 ひとしきり困惑したあとイメルダは、寄り添っているキアの顔を見て、


「アタシには、あんたたちにも話してなかったことがある。アタシは……昔、奴隷だったんだ。話すとあの頃が蘇ってきそうで、それに軽蔑されるんじゃないかと……すまない、アタシは弱いんだ……」


 はらはらと涙が落ちた。

 キアも、そんな『姉御』の姿は初めて見るんだろう。戸惑いながらも共感して涙ぐんでいる。

   

「ここに、しるしがあったんだ。絶対に消えない奴隷の刻印。それが、綺麗さっぱり消えている。アタシは、もう奴隷じゃない……」

「当たり前だよ!」


 キアが声を張る。


「姉御はウチら盗賊団のリーダーだし! そんでウチの命の恩人! 姉御のことを奴隷だなんてゆうヤツは、ぶん殴って全財産パクってやる! だ、だから泣かないでよ……姉御……っ!」

「ありがとう、キア」


 盗賊の師弟は、ぎゅっと抱き合って涙を流した。

 うんうん良かった。人間のことは嫌いだけど、いいことしたみたいで気分はいいな。


 

 ……まあ。


 このあと風呂に沈めるんだけどな!!

 

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