第24話 観念する。もう好きにしな
■ ■ ■
イメルダは、本当に久方ぶりに涙した。
抱きしめるキアの体温が愛おしい。
人のぬくもりを知らずに生きて来たイメルダにとって、この少女はただの部下というだけではない。年の離れた妹のような存在――
彼女を保護してきたつもりだったが、むしろ、自分の心はこの娘に助けられていた部分も多かったのだろう。そんなことを今さら気づいた。
しばらく泣き合ってようやくお互い落ち着いてきたころ、体を離してキアがたずねてきた。
「姉御の刻印を消したのって、そこの『キツネ女』のしわざ?」
「――キツネ女?」
振り向く。
イメルダのことを石にしたのは、背の低いショートカットの少女だが、キアが言いたいは鉄仮面の青年のことらしい。
キツネ女と言われても……どう見ても男だ。
そしておそらく、人間ではない。
黒い衣服に真紅のマント。目元を隠した鉄の仮面。口元しか確認できないが若い――せいぜい18、19歳といったところだろう。白髪だが老成しているふうはなく、むしろ生気にみなぎっている。
キアはこの青年を、キツネの耳と尻尾を生やした怪しい女が魔術で化けている姿だという。
なんにせよ、本来なら最大限に警戒すべき相手だが、刻印を消してもらった恩がある。どうやら敵意もなさそうだし、不思議な男だ。
「あんたもこいつに何かされたのかい?」
「ウチに男の人の良さを教えてくれたってゆうか……そ、それはどうでもいいんだけどさ! すげー魔術を使えるんだ、変化の魔術とかこの風呂とか! そんですっかりリラックスしちゃってさ!」
「風呂……」
あらためて周囲を見渡す。
たしかに風呂だ。それも、あまり見たことがない種類の。ずっと前に東国を訪れた際に見かけた風呂に似ている。
もっとも、そのときも入浴なんてしなかった。他人に肌を見せたくなかったから――
「―――っ、アタシ、胸が」
刻印のことで頭がいっぱいだったが、さっきシャツを切り裂かれてから双丘が丸出しだ。
あわてて両腕で胸を隠す。しかし――
(刻印関係なしに、男に肌を見られて恥ずかしいなんて……アタシにそんな感情が残っていたなんてね)
自嘲気味に小さく笑う。すると、
「へぶしっ!」
「キア? 湯冷めしたかい?」
室内は湯気のおかげもあってホカホカしているが、キアは全裸だし濡れている。
「う~、もっかい入ろ……そだ! 姉御も入ろうよ! もう裸になるのイヤじゃないんでしょ?」
「え。いやしかし……」
ダンジョンにある不自然な風呂場。
しかもこの謎の男が準備したらしいとなると、怪しいことこの上ないが。
「ウチも半分、無理矢理みたいなもんだったんだけどさぁ……」
と。
キアが、今まで見せたことのない乙女な表情になって、
「入れてもらえて、良かったってゆーか? 最初は熱くて痛くって、そいつの体もゴリゴリしてて変な感じだったけど――それがきもちくなったってゆーか、させられたってゆーかぁ……。え、えへへ」
「おい貴様」
「誤解だ」
この仮面の男。
大事な妹分に何をしてくれたのか。
「でもね。ウチがしがみついて『やめて、嫌だ!』ってゆったのに……そいつ、勢いよく出ちゃってさ……」
「おい」
「風呂な? 風呂から出ただけな?」
一緒に入浴していたことは認めた。
ここまで来ると、キアには逆に『男だ』と教えないほうがいいかもしれない。ショックを受けてしまいそうだ。
「『主従は風呂に入って洗いっこすると仲良くなる』んだってさ。だからさ、入ろーよ! 入らないと、そっちのタコみたいなモンスターに無理やり放り込まれるよ?」
「…………」
「ろ、ローパーは最終手段だから。ははは」
「うにゅにゅ!」
あらためて状況を整理しても、逃げられる気がしなかった。
あの石化少女には太刀打ち出来そうにないし、触手のモンスターは2体いる。仮面の男は――さらにそれらとは比べものにならないくらい強大な力を秘めているように見受けられる。しかも、壁の裏側には怪しい気配がもう1つ。
それでも、彼らがこれ以上危害を加えてきそうな気配はない。おまけにキアにも腕をグイグイと引っ張られてねだられているし――
「……わかったよ。観念する。もう好きにしな」
「ホント!? じゃあ早く早く!」
「待ちなって。服、脱ぐから……」
とは言ったものの。
「おい、後ろを向いていろ」
「ああ大丈夫。仮面で見えないから」
「嘘をつけ!」
この男、恩人でなければナイフで切り刻んでやりたい。
だが、この場の全員がイメルダが裸になるのを待っている。プレッシャーがすごい。
「~~~~っ!」
こうなればヤケだ。覚悟を決めて、まずは破れたシャツを脱ぐ。胸どころか、肩や腹すら他人に見せたことがないのに。
脱いでいる途中、自分の肌を見る。腕や腹にあった傷跡も――
(本当に全部なくなってる……)
ようやく実感が湧いてきた。
風呂場の湯気が生ぬるく、肌に貼りつくようだ。この熱気のせいなのか、それとも羞恥心のせいなのか、体がじわじわと火照ってくる。
「姉御、下も脱がないと」
この場には女しかいないと信じているキアは平然と言う。
「わ、わかっている!」
ベルトに手をかけ、ズボンを脱いでいくが――さすがにためらう。下着は、人に見せる目的で選んだことなどない。適当に見繕った地味なショーツ。
「そうだイメルダ。さっき破いたシャツも、そのベージュのパンツも、あとで新しいのを作ってやるから。取りあえずそこのカゴに放り込んでおいていいぞ」
「そうか? 助かる――……って、やっぱり見えてるんじゃないか!」
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