第22話 やっぱ人間ってダメだわ


「アルトさま、呼んだ?」

「ああ」

 

 お留守番だったメディは、俺に声をかけられたのが嬉しかったのかダッシュでやって来てくれた。

 キラキラした金色の目で俺を見上げてくる彼女に、

 

「石化能力って、人間にもモンスターにも通用するんだよな?」

「する。カチコチになる」

「じゃあ、一度こいつでやってみてくれないか」

「ウニュニュルルっ――」


 俺の隣で、触手モンスターのローパーが万歳する。


「石にする? かわいそう……」


 メディがしゅんとする。


「大丈夫。このローパーさん、分裂体を作れるんだ」

「ぶんれつ?」

「分身するんだが、そっちはダミーみたいなもんなんだ。姿形は同じでも、痛みも感情もないらしい」

「ウニュっ!」


 ローパーの体が、モゾモゾっと震えて膨張する。

 そして、


 ――ぐにゅんッ!


 もう1体のローパーに分身した。


「ウニュにゅっ!」


 本体のほうが、サムズアップでドヤ顔する。

 ……触手に指はないから親指立ててるか分からないし、顔もないから本当にドヤ顔かは知らないが、そんな気がした。


「こっちが分裂体か」

「おー! こっちは生きてない?」

「うにゅにゅ!」

「なら、やる!」


 メディがやる気になってくれた。

 じっとローパー(分裂体)のことを見つめると、


 ――ギランッ


 金色の瞳が輝く。瞬間、ローパーがピシピシと音をたてて次第に石状に。


「これがメデューサの石化能力か。凄いな」

「でも、これでどうするのアルトさま?」

「試してみたかったんだ、これを。――《キャラクターメイク》」


 空中に浮かんだカーソルを、石化ローパーに合わせ、


「肌の質感――『石』になってるな。よしよし、これを……こうだっ!」

「わあ!?」

「うにゅう!?」


 完全に石像と化していた分裂体が、時間を逆戻しするようにもとのヌルッとした表面に変わって、触手も元気に動き出した。


「もどった!」

「やっぱりか。モンスターを人間に変えられるくらいだからな。《キャラクターメイク》なら石化も治せるかと思ったんだよ」


 正確には『治す』ではなくて『作り替える』――治癒ではなく創造だけどな。もとのままの状態を創造できるなら、それはもう治癒と同等だろう。


「うにゅにゅ!」

「にゅるる!」


 ローパーは分裂体と触手でハイタッチして喜んでいる。蘇生した喜びというより、『面白い体験をした!』って感じの歓喜だ。


「いいなー、めでぃもなってみたい!」

「石に?」

「しょくしゅ!」

「……また今度な」


 実際、いまはイメルダへの対処が先だ。

 石化しても戻せると分かった以上、メディを対侵入者に向かわせることが出来る――【神話級】のモンスター娘を。



  ■ ■ ■



 キアの気配をたぐりながら進むイメルダの前に、別の人影が現れた。


「……なんだい、あんた」


 冒険者風の服装で、背丈はキアと同じくらいだ。ピンク色のショートカットの髪型は可愛らしいが、薄暗い洞窟の中、その瞳は妖しく金色に光っている。


 ――盗賊としての勘が叫んでいる。

 こいつは危険だ、と。


 人間ではない。そんな生易しい存在ではない。愛らしい見た目に騙されてはいけない――やらなければやられる!


「めでぃは、めでぃ」

「そうかい――、じゃあサヨナラだね!」


 これ以上の問答は無用だと斬りかかる。

 腰に帯びていたナイフを抜いて逆手に握り、首元を狙って振り抜くが、


「――――っ!?」

「それ、あぶない」


 少女は造作もないといったふうに、左の掌をそっと添えるだけでイメルダの斬撃を止めてしまった。

 その金眼がきらめく。

 

「まずいッ!?」


 足が動かなくなる――石になっている。

 膝から太もも、腰までも……!


「う、クソっ……!」


 こんなところで一生を終えるのか。悔しさを噛みしめる時間もろくに与えられず、イメルダはその全身を石に変えられてしまった。



 ■ ■ ■



「圧倒的だなメディ」


 イメルダが完全に石化したのを見計らって、俺は物陰から出ていく。

 

「これでよかった?」

「ああ。メディが気に病むことはないからな? あとでちゃんと戻すから。ただその前に――お、あるある」


 石像イメルダの顔のあたりを凝視すると、例の[▼]マークが浮かび上がった。

 他人の事情をのぞき見するのは悪趣味ではあるが――これも、俺の平和な暮らしのためだ。許してくれよ。


 そして、イメルダの『裏設定』には、通常の盗賊団としてのプロフィールやゲームキャラとしての長所や短所が説明されたあとに、こう記されていた。


―――――――――――――――――― [▼]

……彼女は18歳で盗賊団を立ちあげたが、そ

の根底には貴族への恨みと義憤の気持ちがあ

った。イメルダは幼い頃、とある悪徳貴族の

奴隷だった。

その貴族は奴隷の少年少女の胸に、けっして

消えない魔術の刻印をほどこした。たとえ他

の主人に買われても、奴隷の身分から解放さ

れたとしても、刻印がある限りは男の奴隷だ

ったことを思い出すように。

さらに刻印は、常に宿主をむしばみつづける。微

弱だが、途切れることのない苦痛を発するの

だ。

――――――――――――――――――――

 

「うっわ胸糞……。やっぱ人間ってダメだわ」

 

 しかし、イメルダが裸になりたがらない理由がわかった。胸にある奴隷の刻印を見られたくなかったわけだ。


―――――――――――――――――― [▼]

……自力で貴族のもとから脱走したイメルダ

は、盗賊としての人生を歩みはじめる。貴族

や王族だけを狙う貴族として。そんな過去の

あるイメルダなので、孤児だったキアを放っ

てはおけなかった。本当の妹のように育てた

が、そんなキアにも奴隷の刻印だけは見せら

れなかった。

……ちなみにゲームでは、■■シーンでも胸

元は見せない。どんな姿になっても、イメル

ダは胸元だけは必死に守る! この設定は私

だけが知っている……そうやって抵抗するイ

メルダにめっちゃ興奮する! 私だけが知っ

てるエモさってやつ! 最高っ!!

―――――――――――――――――――― 

 

 ……制作者コイツも大概だな。

 ほんと人間さんさぁ……。

 

「アルトさま?」

「内容はともかく、おかげでやることは決まったよ。まずは……《クリエイト》」

「? きゃらくたー……、じゃない?」

「ああ。キャラメイクは『俺』には効かないからな」


 これからイメルダの石化を解く。

 だがそのとき、俺は姿をさらすつもりだ。


 だから顔を隠すために仮面を作る。《クリエイト》で、ちょうどいいサイズの、目元が隠れる鉄仮面を作成――


「どうだメディ! カッコ良くない!?」

「かっこ……、いい……」


 あれ? 気をつかわせてる?

 そんなことないよな。顔を隠した正体不明のダークヒーロー的な。そんなカッコ良さが滲み出てるはず!


「(に、にこぉ……!)」


 愛想笑いで気をつかわれた⁉︎⁉︎⁉︎


 


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