第3話 めでぃ、つよい



「部屋はこれで完成――、…………」

「アルトさま?」

「いやいやいや、駄目だ駄目だ駄目だっっ!」

「っっっ!?」


 ひととおり家具を配置した室内を見て、俺は頭を抱える。


「こんなんじゃ駄目だっ! 奇抜さはいらない、でも普通すぎるっ! もっと遊びというか、装飾も――、利便性もまだまだじゃないかっ!?」

「……じゃないかっ」


 メディも、ふわふわヘアーをわしゃわしゃして、俺の真似をする。


 俺はふたたびエナドリ(回復ポーション)を取り出して、


「俺はこれから全力建築モードに入るっ! メディはソファでゆっくりしていてくれ!」

「?? めでぃ……、たべものとってくる」

「食べ物?」

「ごはん、アルトさまとたべる、ごはん。外で」

「ダンジョンの外か」


 このダンジョン内にも食べ物はある。ダンジョンマスターの能力で作り出すことも可能だ。


 だが、それだけだと栄養素が不足する。

 栄養素っていうか、魔素っていうか。


 同じ魔力で作ったものは、普通に食べられるんだが魔力の質が偏ってしまうらしい。


 なので、可能なときは『外』から食材を仕入れるのがベストだ。

 たぶん人間をダンジョンに誘い込むのも同じ理由。つまり人間というエサから魔力をいただくためだ。


 しかし俺のダンジョンには、ちょっと理由があってなるべく人間を入れたくない。

 メディはそんな方針を本能で理解しているから、『外』で食料調達をしようとしているのかもしれない。


「外、いく」

「ありがとうな。でも気をつけろよ?」

「めでぃ、つよい」


 胸を張って、メディは言う。


 確かにメデューサは、本来こんな浅い階層にいるモンスターじゃない。いまは俺が深層から連れてきているだけで、ゲーム的に言うと【神話級】に分類される、高レベルのモンスターなのだ。


 ちなみにランクはこう。


【銅級】

【銀級】

【金級】

【白銀級】

【神話級】←ココ

【超神級】



 神話に登場するレベルのモンスター、ということで、メディに勝てる人間はほとんど存在しない。

 ただエロゲ的に言うと、メデューサは女冒険者を問答無用で石化させてしまうので扱いづらかったりする。「ぐへへ」できなくなるのだ。


 ……まあ、世間には【石化フェチ】なる変態紳士&淑女もいらっしゃるらしいから、そっちはそっちで需要があるんだろう。


 ちなみに、これは人間や装備にも適用されるランキングだ。

 人間の場合は非戦闘員も含まれるので、最下部にもう1つ足されて、



【無印】村人

-----------------------

【銅級】盗賊

【銀級】ノラ冒険者

【金級】ギルド冒険者

【白銀級】騎士

【神話級】英傑

【超神級】???


 といった具合。


 このゲーム【悪堕ち王子の鬼畜ダンジョン】のシナリオというか設定では、ダンジョンを防衛するに連れて、より高レベルの人間たちが訪れるようになっている。


 俺は【神話級】モンスターを直接見てみたかった。


 だからいきなり、ダンジョンマスターの特権でぶらりと深層を訪れ、そこで彼女と出会ったわけだが――本来、メディの出番はゲーム終盤のはずなんだ。

 

 人間でいうと『英傑』――10万人に1人しか存在しないという勇者たちと、同レベルのモンスターであるメディ。


 そして外見が変わっても強さは変わらないのが、良くも悪くも《キャラクターメイク》の特徴だ。石化の能力も維持しているだろうし、心配するだけ野暮って話だった。


「それでも気をつけるんだぞ。俺はそのあいだにここを完璧に仕上げとくからさ!」


 魔王っぽい衣装で、腕まくりをしてから手を振る。


「いってらっしゃいメディ」

「いって、くる……」


 メディはまた俺の言葉を噛みしめている。


「どうした?」

「おうち、ここ。行って……、かえってくる!」

「家ができて嬉しいのか?」

「アルトさまと、いえ! すき! いってくる!」


 八重歯がチャームポイントの笑顔を見せて、ウキウキした足取りでメディは食料調達に向かった。



 俺はその背中を見送ってから、感嘆の声を漏らす。



「【悪堕ち王子】は自由度高かったけど……実際に『中』に入ってみると自由度エグいな」



 同人ゲームとは思えないほどの作り込みがウケて、ネット界隈でスマッシュヒットした作品。それが【悪堕ち王子の鬼畜ダンジョン】だ。


 エロゲだからそっち方面の評価も高かったんだが、それ以外の、キャラメイクの細かさやダンジョン建築の自由度も大好評。


 一方で不評な点もあった。

 他のゲームにはよくある『ステータス表示』がないことだ。


 モンスターと女冒険者も、さっきのランキング以外には比べる指標がなく、戦わせてみるまで勝敗が予測しにくい。強さを数値で計れないことにストレスを感じるプレイヤーが多く、一時はクソゲー認定されかけたらしい。


 しかし旗色が変わったのは、このゲームにはプレイヤー視点では分からない【隠し要素】や【隠しステータス】が多数仕込まれていることが判明してから。


 プレイヤーからは見えないだけで、どうやら裏では細かい数値設定がなされているらしい――


 そんな話が流れてからは、裏設定を解き明かそうという方向で人気を集め、ネット掲示板では活発に意見交換がなされたとか。



 ……まあ。

 社畜だった俺はそういう細かいネタを探す余裕がなくて、脳死でチマチマ建築とキャラメイクを続けるだけのプレイスタイルだったんだけど。 


 ただ、この俺でも唯一知っていたネタバレがある。

 

 それは【このゲームにはバッドエンドしかない】という切ないネタバレだ。



 さっきの、防衛するほど侵略者が強くなっていくシステム。


 エロゲ的には女冒険者や女騎士といったバリエーションが増えて――ダンマスとしても、使える鬼畜トラップの種類が増えたり、特殊性癖を満たすようなモンスターも増えるんだけれども。


 しかし。

 最終的に【超神級】の人間がやって来ると、それまでに苦労して築き上げたダンジョンが――


 手塩をかけて育てた建築やトラップ、モンスターたちが、あっけなく蹂躙されていくという鬼畜仕様なんだ。


 強さを示すランキングでは、



【超神級】???



 と表示される人間。

 ネタバレすると、



【超神級】✞ 終焉を告げるモノ ✞



 と称される存在だ。


 その暴力は一方的。

 終焉を告げるどころか、そいつ自体が終焉そのもの。


 プレイヤーは、そいつがダンジョンを滅ぼしていくさまを指をくわえて見ているしかなくて、最後はダンジョンマスターである自身も敗北。捕獲されてしまう。


 そして、主人公アルトを追い出した兄弟王子たちのところへ引っ立てられて、民衆の前で処刑されることに。


 女冒険者たちを思うままに陵辱してきた悪堕ち王子は、全国民からの罵声と憎悪の声を浴びながら意識を失っていく――

 


 という、自業自得といえば自業自得なんだが、あまりに救いのないエンディング。


 これをもってクソゲー認定する人間は倍増したが、一方で、『破滅エンド気持ちいいィ~』という、謎に熱狂するドMファンも増えたとか。


「俺はそんなラストはまっぴらだ」


 社畜生活と逃亡生活で苦しんできて、そのうえさらにバッドエンドを迎えるなんて最悪だ。


 ……それを避ける方法は、やっぱり俺のゲームスタイルに帰結するんじゃないだろうか?


 つまり、メインシナリオである【侵略者のレベルアップ】を進めないこと。ひたすらダンジョンに籠もって、侵入者があっても陵辱なんてせずに人畜無害なダンジョンを装い、ひっそりと平穏に過ごす。


「スローライフ……社畜時代には考えられなかったしな」


 シナリオを崩すには、例えば俺を追放した王国にこちらから攻め込む――なんて方法もあるかもしれないが、自分でトラブルを起こすなんて面倒くさい。


 人間とはなるべく関わりたくないしな。


 それよりも《キャラクターメイク》を使って純真なモンスターたちと触れあって、《クリエイト》で快適な生活を手に入れるほうが性に合っている。


 逃亡生活の頃から漠然とは考えていたが、メディの楽しそうな姿や、リアル建築の楽しさを味わって、俺の中での方針が固まった。


 うん。

 そうと決まればやることは1つ!


「よし、やるか~!」


 俺は、ウキウキで建築作業を再開。



 …………。

 色々と言って。

 ただ建築とキャラメイクしたいだけ……ってワケじゃないからな?


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