第4話 かがくのちから、すごい


 ■ ■ ■


 メディは1人、ダンジョンを出て森を抜けていった。

 早くご飯を手に入れて、ご主人様と一緒に食べるために。


 けれど急いで走ろうとすると、足下がもつれてしまう。

 

「っ! あし、むずかしい……」


 ヘビの尻尾から人間の足に変わったばかり。まだまだ慣れないが、アルトと同じ姿になれて嬉しい気持ちでいっぱいだ。


 深い森を抜けると、広い湖にでた。


「おー」


 キラキラ光る湖面。じーっと水中を凝視すると、


「! さかな!」


 魚はメディの大好物だ。きっとアルトも大好物だ。

 勢いを付けて飛び込もうとするが、


「…………、ふく」


 このまま水中にダイブすると、せっかくアルトにしつらえてもらった衣服がびしょ濡れだ。それはなんだか良くないと思った。


「ぬぐ!」


 いったん、全裸になることにした。

 改めて湖に飛び込む。


 人の足で泳ぐのにはやっぱり苦労があったが、メディは漁の達人だった。手づかみで簡単に魚を捕まえては、水面からポイポイと岸に放っていく。


「とれた!」


 大漁だ。20cmほどのイワナを8尾。


「(ムフーーーっ)」


 両手を突き上げて喜ぶが、


「…………」


 褒めてくれる人がいない。

 試しに、自分で頭をなでなでしてみるが、


「……ちがう」


 さっきアルトに頭を撫でてもらった気持ち良さには遠く及ばない。

 帰ろう。


 メディは身体をブンブンと振って肌の水滴を落とすと、服を着て、両手に魚を抱えて家路につく。





 ダンジョンまで帰って、『我が家』の前に立つ。


「…………」


 ドアを少しだけ開けて隙間から見ると、ご主人様のアルトが、ああでもない、こうでもないと悶えながら作業に没頭中だった。


 そういえばさっきも。

 熱中しているご主人様は、苦しみながらもとても楽しそうだった。



 メディは、『家』に帰ってくるのを楽しみにしていた。ダンジョン内には生まれたときから同族はおらず、他のモンスターからも恐れられて避けられていた。


 だからアルトが、メデューサの姿だったときから平気で触れあってくれたのが嬉しかったし、ともに暮らす住処ができたのも幸せだった。


 でも、急に不安になる。


「めでぃ、じゃまになる……?」


 それどころか、帰っても気づいてもらえないかもしれない。

 2人のために作ると言ってはくれたが、今、ご主人様の興味はアッチに向いている。


 その集中をさえぎるのは悪い気がする。


「めでぃ、かえった……」


 小さな声で、邪魔にならにように。

 が。


「おお!! おかえりメディ!!」

「――――っ!?」


 メディも驚くほどの勢いで、アルトが笑顔を見せてくれる。


「それ全部メディが獲ったのか!? すごいな!?」

「う、うん、とった」

「ありがとうな!」

「うん」

「って髪、濡れてるぞ? そうだ、いいもの作れるようになったんだ。こっちこっち」

「?」


 魚をキッチンに置いたメディの手を、アルトが引いていく。

 洗面台。


「これだよ、ドライヤー!」

「どらいや?」

「大人しくしてろよ」


 アルトはその謎の器具を右手に持つ。カチッと音がしたかと思うと、


 ――ぶぉおおおおおっ


「――――っ!?」

「大丈夫だ、怖くないから」


 謎器具から吹き出てくる熱風を、メディの頭が浴びる。


「どうだ?」

「き、もちいい……♪」


 初めての感覚。

 熱風は攻撃的なそれではなく、むしろ、慣れれば妙な安心感すら感じられた。


 アルトの左手が優しく濡れ髪を持ち上げてくれて、そこにたっぷりの温風が含まれて、あっという間にメディの髪は乾いてしまった。


「まほう……!?」

「じゃなくて、科学の力だ。……《クリエイト》ってここまでの自由度じゃなかったはずなんだけどな」


 アルトが、うーんと唸る。

 困っているようにも見えるけれど、どこかワクワクしたような雰囲気も。


「建築作業を繰り返すと作れるものが増えていく仕様なのは同じ……でも、俺がイメージしたものまで作れるなんてな。リアル異世界だから効果が違うのか、それとも例の【隠し要素】のおかげなのか――」

「?」


 言っている意味のほとんどを理解できなかったが、


「かがくのちから、すごい」

「そうそう、とにかくすげーのよ!」


 ご主人様も嬉しそうなのでオッケーだ。


 メディも幸せ。

 ドライヤーしてもらうのは気持ち良かった。このためにまた頭を濡らしたいくらいだ。


「メディが獲ってきてくれた魚を食べようか。俺が料理するからさ」

「たべる……けんちく、いい?」

「建築は食後に再開だな! さすがのエナドリでも空腹ばかりはどうしようもならないし。せっかくだし、新鮮なうちにな」

「アルトさま――」

「ん?」


 アルトのほうを振り返って、


「めでぃ、かえってきてよかった!」

「おう? うん、良かったな。今度からは『ただいま』って言うんだぞ」

「いう! ただいむ!」

「ただいま、な」


 また頭をよしよしされて、メディは思った。


(しあわせ……すき……、アルトさまと、ずっといっしょにいる……)


 そのとき。



 ――ピロリロリンッ



「…………っ!?」

「どうしたメディ?」


 アルトには聞こえなかったようだ。

 すると、彼のに、



 ――モンスターからの忠誠度120を達成(通常:100、裏設定:120)


 ――プレイヤーのスキル効果及びダンジョン拡張機能の解放



「??」


 なにか模様のようなものが浮かび上がった。

 いや、これは人間が使う『文字』だ。



===解放済み===

(条件:モンスターからの忠誠度100を達成)

 ・プレイヤーのレベル上昇率20%アップ

 ・モンスターのレベル上昇率20%アップ

 ・ダンジョン瘴気濃度10%アップ

 ・建築コスト50%カット

 ・クリエイトに『自分でデザイン』追加


===新規解放===

(条件:モンスターからの忠誠度120を達成)

 ・プレイヤーのレベル上限解放

 ・モンスターのレベル上限解放

 ・ダンジョン瘴気濃度30%アップ

 ・建築コスト80%カット

 ・モンスター生成コスト90%カット

 ・トラップに『擬人化』追加

 ・キャラクターメイクの対象に『装備』追加




「???? もじ、よめない」

「ん? どうした、俺のうしろに何かあるのか」


 アルトが振り向くと、複雑怪奇な文字はフッと消えてしまった。


「なにもないぞ」

「うー……」


 なにか悪いものならご主人様に伝えないと、とメディは思ったが、



 ―― ヽ(*´∀`)ノオメデト─ッ♪

   このモンスターたらしめ☆

   ( ※ゲーム制作者より)



「おー?」


 なんとなくハッピーそうな模様が浮かんだので、メディは「ヨシ!」と納得し、ひとり頷いた。


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