二二章 プロポーズ
まだ授業がはじまる前の早朝。
とは言え、空に輝く太陽はすでに灼熱の光を発しており、コンクリートむき出しの屋上からは湯気のような熱波が立ちのぼっている。そこはすでに、真夏の昼下がりのような暑さに包まれていた。
地上のグラウンドからは朝練に励む運動部員たちの声が聞こえてくる。
そんななか、
とてもではないけど、
もてあそんだ。
その思いが激しい罪悪感となって胸をえぐる。
あのときからずっとそうだったけど、こうして改めて立ち会うとさらにその思いが強くなる。
――今度こそ殴られるかも。
そう思う。
――でも、仕方がない。あたしはそれだけのことをしたんだから。
――これで、
もちろん、『ふたりで立ち会っている』と言っても、本当にふたりきりなわけではない。
本来、そんな必要はないはずだった。
いまの状況でふたりと同じ場に立つだけの度胸は誰にもなかった。
「……ね、ねえ。
「あたしにわかるわけないでしょ!」
あきらが叱りつけるように叫んだ。
すると、
「もし……もし、
今度は一発や二発、殴られたぐらいじゃ引きさがらない。
徹底的にやる。
覚悟を決めて
「安心しろ。おれも殴る」
「あ、あたしだって……!」
「あたしもね」
そんな
「まず……」
ビクッ、と、
「君は女優だけは目指さない方がいい。あんな下手な芝居では誰も納得させられない」
「えっ……?」
思わぬ言葉に
「アーデルハイドの誘いは断った」
「えっ……?」
またしても繰り出された意外な一言に、
「たしかに、世界の農業の現場は見てきたい。世界中の現場を見て、話をして、仲間を作りたい。でも、それは、大学を卒業してからでも出来ることだ。そもそも、『大学までは卒業する』っていう親との約束の方が先だからね。だから……」
息を吸い込んでからつづけた。
「大学までは日本に残る。大学を卒業して、親との約束を果たしてから堂々と世界に向かう。そのときは……君にも一緒に来てほしい」
一緒に来てほしい。
突如として投げ込まれた言葉の爆弾に――。
隠れて聞いている
「そ、それって……」
信じられない。
そんな表情で口ごもる
「そうだ。プロポーズだ」
プロッ……⁉
そう叫びそうになったのは隠れて聞いている
照れもない。
恥じらいもない。
まだ高校生の、それも、女子との交際経験などなく免疫ひとつない
「君はおれの知らない世界を教えてくれた。おれのことを思って、わざわざあんな小芝居までして身を引こうとしてくれた。そのとき、君が本気でおれの将来を考えてくれていることがわかった。だから、その将来を君と共にしたい。君と一緒に未来を作っていきたい。それに、君は、農園経営で美容製品を担当してくれるんだろう? おれには君が必要なんだ」
「で、でも、それならアーデルハイドが……」
「ドイツ人は美容に関しては興味が薄いんだ。アーデルハイドはこの点では頼りに出来ない」
「アーデルハイドはたしかに農家としては優れている。農業の知識、技術、経験に関してはおれ以上だ。経営についても学んでいる。でも、それはすべて、おれにも出来ることなんだ。同じことしか出来ない人間がふたりいたって意味はない。おれにとっても、アーデルハイドにとってもね。
おれに必要なのは、おれに出来ないことをしてくれる人だ。おれに必要なのは、君だ。君なんだ。
その言葉を
それは
「あ、あたし、あたし……」
でも、なにか言わなくちゃ。
ちゃんと、答えなきゃ。
「あ、あの、あたし……」
「あたし……まだ処女だから!」
「なんだ、いきなり!」
いきなりの宣言に
「あ……」
と、
「だ、だって、あたし、ほら、けっこう派手めのギャルだから、だから、もしかしたら、経験豊富な方だと思われてるんじゃないかって……たしかに、何人もの男の子と付き合ってきたし、キスまでは経験あるけど……最後まで行ったことはないから……信じて」
信じて。
と、
「……わかった。とにかく、落ち着いて。どっちみち、おれと付き合う前のことなんてどうでもいいことだ」
おれたちは、未来を作っていくんだから。
「う、うん……」
そんな
「
きっぱりと――。
そう言いきって
「……はい。喜んで」
泣きじゃくったまま
新しい未来が誕生した瞬間だった。
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