二一章 樹がいない……

 この日、笑苗えなたちは生まれてはじめて学校をサボった。

 優等生、と言うわけではないし、勉強熱心というわけでもない。将来のことを真剣に考えてきたわけでもない。学校で行われる進路調査にはいつだって、考えなしに『進学』と書いてきた。笑苗えなたちにとって『学校教育』とは、その程度のものでしかなかった。

 それでも、上位カースト組と言うこともあって学校生活そのものは楽しんでいたし、好きだった。だから、『サボる』という発想はなかった。誰ひとりとしてこれまで、病気や怪我以外で学校を休んだことは一日たりとないのだ。

 その笑苗えなたちが今日、生まれてはじめてサボった。

 親にはなにも言わず、普段通りに制服を着て家を出たし、学校にもなんの連絡もしていない。

 無断欠席。

 普段からサボりがちな生徒なら学校側も『またか』の一言ですませるだろう。しかし、優等生ではないとは言え、いままで一度も学校をサボったことのない笑苗えなたちだ。それも、グループの五人全員がまとめて無断欠席となれば……。

 学校側も当然、気にかける。家に連絡もする。学校に行っていないことが親にバレる。家に帰ればひと悶着もんちゃく、起きるにちがいない。

 それらをすべて承知の上で笑苗えなは学校をサボったし、みおたちも笑苗えなに付き合うことに決めた。それだけ、笑苗えなにとって重大なことだったのだ。生まれてはじめての本気彼氏から身を引く、ということは。

 笑苗えなはとてもではないが学校に行っていつきと同じ場所にいられる精神状態ではなかったし、みおたちにしても長年の連れを放っておいて学校になど行っていられなかった。

 ――勉強なんかより連れが大事!

 それがみおたち四人全員の思いだった。それになにより――。

 笑苗えなのいない場所でいつきと出会ったら、真実をバラさずにいられる自信は誰にもなかった。

 ――本音を言えば、ちゃんと事情を説明するべきだとは思う。でも、笑苗えなは必死に考えてこうするべきだと決断したんだ。その笑苗えなの決意を勝手に無にするわけには行かない。

 そう思う。

 となれば、笑苗えなととことん付き合うしかない!

 五人は示し合わせて駅に集合した。トイレのなかで制服から私服に着替えた。高校生とバレないよう、なるべくおとなっぽく見える服にするよう事前に決めてある。必然的に全員がとっておきの勝負服、と言うことになる。

 着替えを終えて全員、普段とはひと味ちがうおとなびた姿のお披露目会。

 みおなどモデル気分でクルリとターンを決めて言ってのけた。

 「どう? あたしだってその気になれば、おとなの女の魅力たっぷりでしょ?」

 「おれだって負けてないぜ。見ろ。この高級ジャケット」

 慶吾けいごがジャケットの襟を手に気取って見せる。

 「お子さまが服だけかえても七五三にしか見えないわね。おとなっぽいって言うのは、あたしみたいなのを言うのよ」

 あきらが、こちらもファッションモデル気取りでワンピース姿を披露する。

 「おとなっぽいと言うなら秀才メガネだろう」

 雅史まさふみも自慢のメガネをいじりながら格好付ける。

 四人とも、普段以上にはしゃいでいた。

 ――こんなときのための連れだもんね。今日は絶対、新道しんどうのことは思い出させないんだから!

 みおはそう決意していたし、あきら、慶吾けいご雅史まさふみの三人も同じ思いだった。そのために、わざとはしゃいでいるのだ。

 陽気に騒ぐだけさわいで、笑苗えないつきのことを思い出す暇もないように。

 「よし、それじゃ行こう!」

 笑苗えなが右腕を突きあげて叫んだ。

 みおたちも同じく右腕をあげてときの声をあげた。

 まずは遊園地に向かった。平日の午前とあってさすがに人気は少ない。貸し切り気分で絶叫マシンをハシゴした。登って、急降下して、また登っての繰り返し。身も心もたっぷりシェイクし、肚の底から絶叫を出しまくった。

 散々ハシゴしたあと、地上に降りる。さすがに脳みそを揺らしすぎて足元もおぼつかない。地面そのものが揺れているような感覚で、全員そろってふらついた足取り。それでも、とにかく、昼食の時間。五人とも、普段の三倍は胃袋に詰め込んだ。

 笑苗えなも、みおも、あきらも、今日ばかりは体重計の数字という恐怖を忘れ、パフェでも、アイスクリームでも食べまくった。

 午後からは公園に移動した。カップルに人気の池のボートに飛び乗った。慶吾けいご雅史まさふみがボート競争をはじめ、笑苗えなたち三人はキャアキャア言いながら応援した。

 遊歩道でマラソン大会を開き、ストリートバスケに熱狂した。

 たっぷり体を動かしたところでゲームセンターに移動。そこでも、大声を出してはしゃぎまくった。

 気がつけばすでに夕方。笑苗えなたちは迷わずカラオケ店に飛び込んだ。山ほどのピザを頼んで夕食とし、声のつづく限り唄いまくった。

 もう何曲目だろう。みお慶吾けいごによるヤケクソのような大声でのデュエットが部屋のなかに響いている。笑苗えなは手にしたタンブリンをシャンシャン鳴らしながら笑顔で合いの手を入れている。

 ――うん。やっぱり、みんなで騒ぐのは楽しいよね。

 笑苗えなはそう思い、誰もいない隣を振り向いた。そして、言った。

 「ねっ、いつきもそうでしょ?」

 その言葉に――。

 部屋のなかがシン、と、静まり返った。

 上辺の陽気さをはぎ取られた、気遣う視線が笑苗えなに集まる。

 「あっ……」

 笑苗えなは自分がしでかしてしまったことに気付いた。

 思わず、そんなことを言ってしまうぐらい、笑苗えなにとっていつきが側にいることは当たり前になっていた。

 タンブリンを握る手に力がこもる。華奢きゃしゃな体が小刻みに震える。うつむけた顔から嗚咽の声が聞こえてくる。膝の上に涙がこぼれた。笑苗えなは――。

 身を震わせて泣いていた。

 みおとあきらがたまらず笑苗えなを両側から抱きしめた。ふたりの親友に支えられながら泣き崩れる笑苗えなの姿を、慶吾けいご雅史まさふみはじっと見つめている。

 「……雅史まさふみ

 「……ああ」

 「おれ、やっぱり、新道しんどうに本当のことを言ってくる」

 「奇遇だな。おれもそうするつもりだ」

 慶吾けいご雅史まさふみはそう誓いあった。だが――。

 それより早く、いつきの方から呼び出しがあった。

 『明日の朝、校舎の屋上で』

 笑苗えなをはじめとする五人全員に、そうメールが送られてきたのだ。

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