一九章 あたしより……
「
あまりの勢いに椅子に座って対面していた
「あっ……」
「……ハアハア。
「これが、恋する乙女力ね」
「……お前のせいだぞ、
「……悪ぃ」
こちらも
――だけど、仮にもサッカー部のおれが追いつけないなんて……
そう思わずにいられない
「こら、お前たち! ノックもなしに飛び込んでくるとは失礼だろう」
中年の男性教師が型どおりの叱責をする。
「いえ、いいんです。先生」
言いながら椅子から立ちあがる。
「ありがとうございました。これで、失礼します」
「お、おう……。なにかあったらまたいつでも相談に来い」
教師はなんとも歯切れの悪い答え方をした。その様子からすると
「では、失礼します」
彼女とその連れたちにたっぷり不安を植え付けておいて、
「
そして、
いまどきの九月はまだまだ夏真っ盛り。秋の気配など微塵も感じさせない灼熱の太陽がコンクリート製の屋上を熱し、陽炎が立っているかのよう。もし、いまこの場で卵を割って落としたら、たちまち目玉焼きが出来上がるにちがいない。
そんな灼熱地獄の屋上だけにさすがに他に人はいない。その場で
正直、
しかし、
そんな
「まず、連絡もしなかったことを謝らないとな。ごめん。強行日程でヨーロッパ中を回っていたから連絡出来なかったんだ」
「ヨーロッパ中を?」
「ああ。アーデルハイドは覚えているか? ウォルフの長女の」
「あ、うん」
「かの
「一緒に⁉」
後ろに並ぶ
「ドイツの教育制度は日本とはかなりちがう。義務教育は一五歳までだけど、一八歳になるまでは全日制の学校に通っていないものは就職のかたわら、職業学校に通う義務がある。アーデルハイドはウォルフの跡を継ぐ予定だから、ウォルフの知り合いの農場で働いている。親子だとお互い、甘えが出たり、馴れ合ったりで、指導がうまく行きにくいという理由でね。その農場で働きながら、農業の職業学校に通っているわけだ。
でも、アーデルハイドは今年で一八歳。職業学校も卒業だ。そうしたら、世界中の農業をその目で見て、体験するために世界中を旅するそうだ。それに一緒に来ないかと誘われた」
「一緒に……行くの?」
その不安を抱え、胸元でギュッと拳を握りしめながら尋ねた。その後ろでは
「行きたい」
きっぱりと――。
「正直に言えば、行きたい。そうなる。たしかに、おれはまだ一〇代の、世間的に言えばほんの子どもだ。だけど、それがなんだ。スポーツ選手なんて高校生どころか中学生でも世界を舞台にプレイしている時代じゃないか。スポーツ選手が一〇代のうちに世界に出ていくなら農家だってそうしていいはずだ。いや、農家のように地味な職業だからこそ、世界につながることで『夢のある職業』だとアピールする必要があるんだ。
農業をめぐる状況は厳しい。しかも、それは、世界中、同じなんだ。単に日本一国だけの農業が危ないとか、そんな次元じゃない。いままで好き勝手に環境をいじってきたツケが爆発している。このまま手をこまねいていたら農業は絶滅しかねない。
そんなことになったらどうなる? 食糧を作る人間がいなくなってしまう。作物は工業製品じゃない。人間は機械じゃない。足りなくなったからってすぐに増やせるものじゃないし、人間は
みんな、死んでしまうんだ。そうさせないだめには農業の未来を作らなくちゃならない。若くて優秀な人間がどんどん入ってくる魅力ある世界にしなくちゃいけない。そのためには、いままでの農業じゃ駄目なんだ。まったく新しい農業が必要なんだ。そのために――。
いま、世界中で様々な新しい農業が試されている。多くの人々が工夫を凝らし、試行錯誤を重ねている。それを見てきたい。経験したい。世界中に同じ思いをもつ仲間を作り、新しい農業を生み出したい。そのためには直接、その場に行って話をし、体験を共有するのが一番だ。だから――」
「世界をまわってきたい」
「……
ほう、と、
「……でも、世界中をまわるとなったら何年かかるかわからない。まして、行く先々でその場その場の農業を体験しながらだ。よけい、時間がかかる。もし、いま、行こうと思えば休学なんていうわけにはいかない。はっきりと退学して行かなきゃならない」
「やっぱり……学校、やめるの?」
行かないで!
そう叫びたい。
でも、その声は胸のなかから出てこなかった。
――だって、だって、
その邪魔なんて出来ない!
「そのことで先生と相談してたんだ。前にも言ったと思うけど『大学までは卒業する』って言う親との約束もあるし。それに……」
「それに?」
「……人生ではじめて、彼女が出来た。世界を見てきたいと思うのと同じぐらい、君と一緒にいたいとも思っている。だから……」
「……迷ってるんだ」
その夜。
夕食も食べていない。
学校から帰るなり言葉もなしに部屋に直行し、制服のままベッドにもぐり込んだ。まだ小学生の弟はなにかと様子見に行きたがっていたが、おとなである両親は娘の態度からある程度のことを察し、そっとしておくよう言い含めた。
そして、明け方近く。
まんじりともせずに夜を明かした
「……
「……
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