一六章 田んぼのスローライフ
この日は
「なにか、みんなが自分も畑に行ってみたいとか言ってるんだけど……いいかな?」
素人が何人も畑に押しかけたりしたら邪魔になるのはわかりきっている。とは言え、小学校時代からの連れの頼みを
ところが、
「ああ、かまわない。歓迎するよ」
そのいつにない愛想の良さに、
――なによ。ずいぶん、上機嫌じゃない。あたしがはじめて行ったときはそんな顔しなかったのに。
農業の未来を
そのことをきちんと説明しないのは……そもそも、
もとかく、
「いやあ、畑なんて小学校の時のイモ掘り以来だなあ」
「そうだな。あのときはその場でイモを焼いて食ったっけ」
「うわ、すごい! スイカやメロンが鈴生りじゃん!」
「ねえねえ、
「ちょっと、みんな!」
はしゃぐ連れたちに
自分もそうだったから、めずらしく畑を見てテンションがあがるのはわかる。とは言え、あまりにはしゃがれると連れてきた身として恥ずかしくなる。
「
お姉さんぶってそう言ったが、
「いや、いいよ。都市農業としてやって行くには観光農園としての性格も必然的に持ち合わせることになる。正直に振る舞ってくれた方が参考になる」
「そうそう。あんまり堅いこと言わないでよ、
と、
「さて。スイカとメロンだったな。温室栽培しているわけじゃないから、本格的な収穫はやっぱり八月になってからだけど。成長の早いものならとれるものもある。探してみようか」
「やったあっ!」
と、
それを見た
とは言え、
――なるほど。素人には畑のことはこう見えるのか。
と言う、専門家同士で交流していてはわからないことに気付けたのは、
――将来、アパート経営も組み合わせていくなら、アパートの住人に対してきちんと説明出来るようになっておく必要があるからな。こうして、素人に来てもらうのもありだな。
そう思う
ともかく、
「暑っついなあ、もう。せっかく、田んぼがあるんだから水浴びしたい気分」
「いっそ、プールがあればいいのに。汗かいたあと、いつでも飛び込める」
「あ、それいい! 服の下に水着、着てさ。仕事が終わったあとにプールに飛び込めたら最高だよねえ」
などと、呑気なことを話す
「なに言ってるの。仕事なんだから、そんな遊んでちゃダメでしょ」
「いや、そうでもない」と、
「ええっ、そうなの⁉」
――なんか、
そう思い、
「おれも実はそう思ってたんだよな。小さい頃は夏はよく田んぼで水遊びしていたけど、さすがにいまじゃもう田んぼの水深では間に合わないし。プールを作るのはたしかにいいかも」
なにしろ、農業は『お先真っ暗!』と言ってもいい状況。『一仕事こなしたあとはプールで爽快!』ぐらいの売りがないと誰も農家になんてなりたがらないだろう。
「で、でも、畑にプールなんて作ったら邪魔なんじゃない?」
「いや、そうでもない。プールがあればそこに太陽電池をかけることが出来る。一〇アールのプールを作って一面に太陽電池の屋根を架ければ、アパートで使う電気ぐらい賄える。それに、プールがあればそこの水を電気分解することで水素が得られる。その水素を使って燃料電池で発電すれば太陽電池の欠点である不安定さも解消出来る。
ああ、それに、燃料電池から出る温水の使い道もできるわけだ。冬にはそのまま野外温泉にできるし、温水が豊富にあればテラピアも養殖出来る。繁殖力の強い熱帯性の浮き草を育ててバイオガスの原料にもできる。プールひとつあることでエネルギーと食糧を得られるようになるわけだ。これはたしかに真剣に考える価値があるな」
「は、はあ……」
本気で考えはじめた
――こ、これはまずい……。ちゃんと、勉強しないと。
帰ったら、さつそくググろう。
そう決意する
休憩をはさんでもう一仕事。夕方――と言っても、七月とあってまだまだ明るいが――になったところで仕事を切りあげ、
メインディッシュは自慢の野外キッチンで作った野菜のオーブン焼き。食べ盛りの高校生とあって『……野菜より肉がよかった』と思った一同だったが、一口食べた途端、
「おいしい!」
「うまい!」
全員が飛びあがって、そう言った。
「今朝、日の出前に採った野菜ばかりだからな」
「植物は日に当たると成長をはじめるから蓄えた成分が分解されてしまう。朝、日の出る前に採った野菜が一番、栄養が詰まっていてうまいんだ」
「へえ、そうなんだ。こんなおいしい野菜、はじめて食べた」
と、普段はバーベキューでも肉ばかり食べて、野菜など見向きもしない
「そりゃあそうよ。
両手を腰につけて胸を張り、『ふん!』とばかりに鼻息をひとつ。
しかし、そんな
「
「なんで、そうなる⁉」
「だって、
「それなら、他の農家の人と結婚すればいいでしょ!
「いいじゃん、そんな堅いこと言わないでも。もうみんなで
「そうそう。いまどき、ハーレムなんて普通だしさ」
「それは、マンガの話でしょ!
「ひどい、
「なんで、恩の話になるのよ⁉」
女子同士が争いはじめては男はとても手が出せない。
そんな
「……モテるなあ、
と、恨みのこもった目でジットリ睨む。
「……モテてるのは、おれじゃなくて野菜だろ」
「そうだ、野菜だ! 野菜の力だ! よし。こうなったらおれも農家になる。とびきりうまい野菜を作って女子の胃袋ゲットだぜ!」
「それはいいな。おれもやろう」
と、
「いや、野菜作りってそんな簡単にできることじゃないぞ」
「だったら、いまから修行だ! やるぞぉっ、うお~!」
謎の雄叫びをあげて畑に突進する
そんなふたりを見て、
――そうか。農家になれば女にモテる。そう言う風潮を作ってしまえば若い男たちがどんどん入ってくるのか。
業界全体が後継者不足に悩む農業の世界としては、これは重要な知見であった。
――とは言え、完全な田舎暮らしがしたい女性なんてめったにいないだろう。農家がモテるためには都市での暮らしも実現させないと行けない。
――そうなるとやはり、都市農業だな。農地と住宅地を完全にわけて、だだっ広い農地でまとめて作って、膨大なコストとエネルギーをかけて住宅地まで輸送する……なんて、もう完全に時代遅れだ。
――それよりも、住宅地密着型の小規模農場で
「……そうなるとやっぱり、世界の取り組みをこの目で見て、話を聞いて、体験しておきたいな」
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