一三章 殴られてもいいから……!

 新道しんどういつき三杉みすぎ慶吾けいご遠井とおい雅史まさふみのふたりを殴り、大怪我をさせて停学。

 そのニュースにたちまち学校中が沸き立った。

 なにしろ、慶吾けいごにしろ、雅史まさふみにしろ、校内でも有名な上位カースト組。そのふたりがカースト外のいつきにぶちのめされたというのだ。騒ぎにならないわけがない。

 下位カーストの生徒たちは『ざまあみろっ!』とばかりに快哉かいさいを叫んだし、上位カースト組の間でも大騒ぎだった。と言っても、その内容は意外と悪いものではなかった。むしろ、『見直した!』と言ったものだった。

 これが、下位カースト組のしたことならこうはいかない。

 『下位カーストのくせして上位カーストに手を出すなんて生意気な!』

 と、徹底的に目の仇にされ、イジめの標的にされる。

 しかし、いつきの場合は事情がちがう。下位カースト組ではなく、カースト外。スクールカーストに興味を示さない希少生物。陰キャのボッチとは言っても、下位カースト組のような卑屈さや上位に対する羨望せんぼう嫉妬しっとなど一切なく、常に堂々と振る舞い、成績も良い。

 言わば、『孤高の存在』として上位カーストの間でもある意味、一目いちもくおかれていた存在。そのいつきが実は『喧嘩上等!』とわかって、見直した。

 そういう雰囲気だったのだ。

 特に、女子の間では急激に話題になった、

 「ねえねえ。聞いた、新道しんどうのこと?」

 「うん。三杉みすぎ遠井とおいのふたりをまとめてぶちのめしたんでしょ?」

 「おとなしそうな顔して意外とやるわねえ。なんか、興味でてきちゃった」

 なにしろ、慶吾けいごは(ファッション組とはいえ)サッカー部。雅史まさふみは一八八センチの長身。そのふたりをまとめてぶちのめしたと言うのだ。話題にならないわけがなかった。

 もちろん、当事者たちとしてはそんなお気楽なことは言ってはいられない。特に、当事者のなかの当事者とも言うべき笑苗えなにとっては。

 翌日の土曜日、笑苗えな慶吾けいごの家に文字通り飛んでいき、頭をさげて謝った。その場には雅史まさふみもいた。

 慶吾けいご雅史まさふみは家が近所で両家とも両親共働き。特に、雅史まさふみはひとりっ子の上に両親は帰宅時間が遅くなりがち。そのままにしておくと夜中まで子どもひとりでずっと留守番させっぱなし、と言うことになってしまう。

 そこで、幼い頃から慶吾けいごの家にあずけられることが当たり前だった。慶吾けいごの両親は公務員なので帰宅時間が決まっているし、同居している祖母が面倒を見てくれるので都合がよかったのだ。

 そんなわけで慶吾けいご雅史まさふみは幼馴染みと言うより、きょうだい同然。雅史まさふみにとって慶吾けいごの家は『第二の我が家』とも言うべき場所。休みの日に慶吾けいごの部屋にいるのはいつものことだった。

 みおとあきらのふたりも笑苗えなを心配してついてきていた。小学校時代からの付き合いだけあってこのふたりも近所の幼馴染み。慶吾けいごの祖母の作る手作りお菓子を目当てに小さい頃からよく遊びに来ていたので、慶吾けいごの部屋には慣れている。

 その点は笑苗えなも同じで、慶吾けいごの部屋に遊びに来るのは小学校時代からいつものこと。年頃の女子にはあるまじき『だらっ~』と、寝そべる姿をさらす程度には馴染みの場所。しかし、もちろん、今回ばかりはそんな気安い態度ではいられない。

 「ごめんなさい、ごめんなさい、ほんっと~にごめんなさい! あたしのせいでこんなことになって……」

 泣きながらいまにも土下座しそうな勢いで体ごと頭をさげる。その顔はすでに涙でくしゃくしゃになっている。その姿に慶吾けいご雅史まさふみはオロオロしっぱなしだった。

 ふたりとも顔には大きな痣をつけたまま。慶吾けいごにいたっては頬が大きく腫れている。顔面にまともに拳を食らい、歯が折れたのだ。

 歯医者で治療して痛みどめももらったから、痛みを感じているわけではない。しかし、腫れがまだ引いていないのだ。

 ふたりは慌てふためいて笑苗えなに声をかけた。

 「お、お前が謝ることないって……!」

 と、慶吾けいご。歯が折れ、口が腫れているので奇妙な喋り方になっている。

 「そうだ」

 雅史まさふみも口をそろえた。

 「おれたちは、遊びで新道しんどうのことをもてあそんだ。それが事実だ。殴られたって仕方がない」

 その言葉に――。

 みおとあきらは気まずそうに顔を見合わせた。

 「……それなら、あたしたちだって同罪だけど」

 「……だよねえ」

 うなずき合うふたりに雅史まさふみが言った。

 「女を殴らせるわけにはいかないだろ。お前たちの分はおれたちで引き受ける」

 きっぱりと――。

 そう言いきる雅史まさふみに、こんな場面でありながらちょっと『きゅん』となってしまうみおとあきらだった。

 「で、でも……あたしが嘘告なんてしなければ、こんなことにはならずにすんだんだし」

 「だから、何度も言ってるだろ。あれは、おれたちが無理やりやらせたんだ。悪いのはおれたちだって」

 と、慶吾けいご。折れた歯の部分から空気が抜けるので、なんとも間抜けな声になっている。しかし、表情も口調も真剣そのもの。まちがっても笑えるような雰囲気ではない。

 その慶吾けいごは、

 「しかしなあ……」

 と、溜め息交じりに口にした。

 「新道しんどうのやつ、なんであんなに強いんだよ。抵抗する間もなく引きずり倒されて、まともに一撃、食らってKOされたんだぜ。サッカー部のこのおれが」

 すると、雅史まさふみも言った。

 「おれは身長一八八あるんだぞ。新道しんどうより一〇センチ以上、高いんだ。それなのに、一方的に引きずりまわされてこの様だ。なんで、あいつ、あんなに強いんだ」

 くやしがると言うより、半ばあきれている。

 「……新道しんどう、いつも六〇キロの米俵、担いでるから」

 笑苗えなの言葉に――。

 ――そりゃ勝てんわ。

 と、納得する一同だった。

 「そんなことより、ひいらぎ。お前、どうするんだよ?」

 「どうするって……」

 「新道しんどうのことだよ。このままでいいのか?」

 「だ、だって……。嘘告したことがバレてるなんて。もう、会わせる顔ないよ」

 「だから! それでいいのかって言ってるんだよ。好きなんだろ、新道しんどうのこと」

 慶吾けいごが、雅史まさふみが、みおが、あきらが、小学校時代からいつも一緒だった四人の連れが、真剣な目で笑苗えなを見つめる。その目に見つめられては――。

 笑苗えなは嘘をつくことも、自分の気持ちをごまかすことも出来なかった。

 うなずくしかなかった。

 「……うん。好き。これからも一緒にいたい!」

 「だったら! 真正面からそう言ってこいよ。でないと一生、後悔するぞ」

 「そうだよ、笑苗えな!」

 みおが叫んだ。小柄な体の全身に力をみなぎらせ、両拳をギュッと握りしめている。

 「ちゃんと、あやまって、事情を説明して、本当に好きになったんだってこと伝えて! そうすればきっと、やり直せるよ」

 「あたしたちも一緒に謝るからさ。わかってもらえるまで何度でも挑戦しよう!」

 あきらが力いっぱい宣言した。

 「新道しんどうの怒りはおれが引き受ける。あいつの気がすむまでいくらでも殴られる。だから、ひいらぎ。お前は安心して本物の告白をしろ」

 小学校時代からの連れたちに口々にそう言われ――。

 笑苗えなはいままでとはちがう涙で顔をくしゃくしゃにしていた。

 「……わかった」

 泣きはらした目でそう言った。

 「あたし、新道しんどうのところに行ってくる。謝って、あやまって、わかってもらう。どんなに怒られても、殴られてもいいからもう一度、チャンスをもらう!」

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