一一章 …さよなら
「ねえねえ、
「今日、時間あったらさ。カラオケ、行ってみない?」
「カラオケ?」
「そう。
「……カラオケか。でも、おれはカラオケなんて行ったことないしな」
「だったら、なおさら行くべきよ。たまにはかわったことするのも良い経験だって」
「歌なんてなにも知らないし……」
「そこは、あたしが教えてあげるってば」
「それにほら。
少々、怪しい論理ではあったが、
「……たしかに、一理あるな。でも、言ったとおり、おれはカラオケなんて行ったことないし、店も知らないけど」
「そこは任せてっ! この辺のカラオケ店は全店、制覇してるんだから」
「……そうか。それじゃ、エスコートはお願いするよ」
「任せてっ!」
そして、ふたりは寄り添いながら教室を出て行った。いっそ、腕を組んでいないのが不思議なほどの密着振り。その後ろ姿を見送りながら
「……なあ。今日でいよいよ十日目なんだけど」
「罰ゲームの期限は今日で終わりなのね……」
「……
「どうする? 放っておいていいのか?」
「え、ええと……」
「ま、まあ、いいんじゃない? ほら、『嘘から出た誠』なんてことわざもあるし。このままうまく行くならいっちゃえば……」
「でも、
そんな、くら~い雰囲気を吹き飛ばしたのはヤケクソになったかのような
「だ、だいじょうぶ、だいじょうぶ! バレなければ問題ない! 誰も言わなければバレやしない! 罰ゲームだったことは全員、黙って墓場までもっていく! それでいいわね?」
――それしかないか。
と、全員がうなずいた。それでも――。
一抹の不安はやはり、残るのだった。
そのカラオケ店は三階建ての立派な建物だった。いたるところ派手な看板やら宣伝文句やらが並び、ちょっとした威容を放っている。
その威容に圧倒されたのか、
しかし、このときの
「どうしたの、
導きの女神こと
「……ああ。こういう店に来たことないから」
「ネットカフェとかもないの?」
「ないな。せいぜいファミレスぐらいだ」
畑仕事と海外の友人との交流に忙しい身では無理もない。
それと聞いて
――と言うことは……あたしが
と、心のなかだけでガッツポーズをとってみせる。
「だいじょうぶ、だいじょうぶ。あたしがついてるからね。特にここは馴染みのお店だから。さあ、行こう」
と、
『馴染みの店』との言葉を証明するかのように手際よく手続きをすませ、個室に入る。その部屋の雰囲気に
「どうしたの、
「……ひとつもわからない。知らない名前の曲ばかりだ」
正直、ここまで世間とズレているとは思わなかった。『世間に合わせる』なんて考えたこともない
「だいじょうぶ、だいじょうぶ。全部、あたしが教えてあげる」
畑ではまったくのアウェーで教えられてばかりだったけど、ここでは自分こそがホーム。教えられる側ではなく教える側。
――あたしにも
そう思うと、とにかく嬉しい。
「そうだな。よろしく頼む」
「任せて!」
というわけで、ふたりのはじめてのカラオケがはじまった。
もちろん、
「そうそう、そんな感じ。はじめてにしては良い動きよ」
「そ、そうかな?」
「そうそう。やっぱり、
「いや、別にカラオケがうまくなりたいわけじゃ……」
そう言いながら、
「うん、合格! これなら誰とでも胸を張ってカラオケに行けるよ!」
と、
――でもまあ、あたし以外の女の子とカラオケに行くなんて許さないけどね。
その思いを裏に隠してニッコリ微笑む。
その笑顔に潜む邪悪さに
「あ、ありがとう……」
額を流れる一筋の汗は唄い終わったあとの青春の汗か、はたまた冷や汗か。
ともかく、時間が来たのでふたりは部屋を出て、家路についた。
はああ~、と、
「なにか、疲れたな。唄うのが、こんなに体力を使うことだとは思わなかった」
「そりゃあね。唄って踊るのは全身運動だもの。体力は使うわよ」
「君たちはいつも、こんなことをしてるのか?」
「いつもってほどでもないけどね」
なにしろ、予算の問題があるから、と、舌など出して付け加えながら
「でも、それなりには来てるわね。カラオケ店に行かないときも振り付けの練習したりはするし」
「……すごいな。尊敬するよ。おれには無理だ」
「でも、楽しかったでしょ?」
言われて
「……ああ。そうだな。楽しかった……よ」
いつも通り、
「じゃあね、
と、無邪気に挨拶する。
「……ああ。さよなら」
ふっ、と、
――
そう思うと胸のなかに喜びが弾ける。家に向かって駆けだした。
――さあ、早く帰ってメールして、安心させてあげないとね。
一点の曇りもなく――。
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