一〇章 ギャルの出番!

 今日もきょうとて、笑苗えなは仲間たちの誘いを断り、いつきの畑で作物の世話を手伝っていた。ほんの数日だけど、だいぶ様になってきた気がする。足元を走りまわるニワトリたちにも慣れたものだ。ニワトリたちを避けてヒョイヒョイ進む。

 世話をするさなか、畑のなかを区切るように植えられている背の高い草が気になった。いつきに尋ねてみた。

 「ねえ。この背の高い草はなんなの? ズラッと並んで生えてるけど」

 「ああ。それはオーツ麦」

 「オーツ麦?」

 「オートミールの原料って言えばわかるか?」

 「ああ、それならわかる。うちって朝は毎日、オートミールなのよね」

 オートミールはご飯やパンより栄養バランスが良くて、美容と健康に良いのよ。

 笑苗えなの母親はそう言って毎朝、オートミールにミルク、スーパーで買ってきたカット野菜を出す。

 ――美容と健康に良い。

 口ではそう言っているがその実、オートミールならご飯のように炊く必要もなければ、パンのように焼く必要もないので楽でいい! というのがその理由。そのことは、笑苗えなをはじめ、家族みんなが気がついている。しかし、気付いていても言わないのが『家族の愛』というものだ。

 「虫除け、風除けのために一定間隔で生やしているんだ」

 「虫除け?」

 「害虫が畑のなかを自由に行き来出来ないようにね。虫って言うのは意外と高いところを飛べないから、背の高い草を生やしておくと、それが邪魔になって通れなくなるんだ」

 「へえ、そうなんだ」

 そんなことははじめて聞いた。

 「それに、オーツ麦とか、ソルゴーとかを植えておくとそこにアブラムシが多くつく。そのアブラムシを食べるためにテントウムシやその他の虫たちが集まる。この虫たちが作物についたアブラムシも食べてくれる。オーツ麦を植えておくことで他の作物が害虫被害から守られるというわけ」

 「へえ。そう聞くとなんかすごいね」

 「ああ。自然の仕組みはよく出来ている。その他にもまわりの植物を元気づけるハーブとか、その逆に他の植物を枯らしてしまう成分を出す植物とかもあるし、組み合わせによって成長がよくなったり、悪くなったりする。本当にいろいろだよ。最近はその組み合わせをうまく生かして、無農薬でも害虫被害のない作物を作ろうっていう取り組みも広がっている。植物同士の相性とか、虫との関係とか、土壌に与える影響とか、まだまだわからないことだらけだけど……そんなことを調べたり、学んだりするだけでもすごく楽しいよ」

 「なるほどねえ」

 と、笑苗えなは感心してうなずいた。

 「あの、ウォルフって言う人ともそういう話するわけ?」

 「しょっちゅうだよ。とにかくいまは農業にとって厳しい時代だ。工夫にくふうを重ねて少しでも手間と費用を減らし、収入を増やさないと生き残れない。だから、世界中の農家がそのために知恵を絞り、工夫を凝らし、新しい方法を生み出している。まるで、SFの世界さ。それらを学び、試し、話し合い、また試す。それは本当に楽しいよ」

 「そうなんだ。やっぱり、新道しんどうってすごいねえ」

 外国人のおとなを相手に同じ道について語り合う。なんだか、憧れる。

 「でも、いいなあ。オートミールかあ。あたし、オートミール風呂ってやってみたいんだよねえ。オートミールからミルクが染み出してお姫さまの肌になるって言うから。でも、さすがに食べ物をお風呂に入れるのはもったいないってママが許してくれないのよね。まあ、実際、お風呂に入れるには高いしね」

 そこまで言ってから、さらにつづけた。

 「ねえ。オートミールが採れたらわけてくれない? 畑の手伝いはするからさ」

 「それはいいけど……」

 「いいけど?」

 「いや、畑って実は美容製品に使えるものが多くあるんだよ。オートミールもそうだけど、米ヌカとか、ハーブとか。特に、ローズマリーの化粧水は『ハンガリーウォーター』として名を残しているし……」

 その昔、ローズマリーを主体にして作った化粧水は歳老いたハンガリー女王エリザベスの手足のしびれを治し、見事に若さと美しさを取り戻したという。その故事に習って『ハンガリーウォーター』として名前が残された。

 「あ、知ってる! ローズマリーって『若さを保つハーブ』って言われてるんだよね。ヘアリンスにもいいって言うし」

 「ああ。それに、ヨーロッパでは花嫁を悪魔から守るために、結婚式では必ずローズマリーの枝を身につける風習があるそうだ」

 いまもやっているかどうかまでは知らないけど。

 と、いつきは付け加えた。

 「へえ、そんな風習があるんだ。それは知らなかったなあ」

 でも、なんだかロマンチック。あたしも結婚式のときはローズマリーの枝を飾ろうかなあ。

 ――なにしろ、あたしってかわいいもんね。こんなかわいいお嫁さんなら、そりゃあ悪魔だってよってくるってもんでしょ。

 と、揺るがぬ自信に胸をそらし、ひとりニマニマする笑苗えなであった。

 「……まあ、とにかく、畑には食品だけではなく、美容と健康のための品も数多くあると言うことだ。だから、美容製品も売り出したいと思っているんだ。食品として売るよりその方が高く売れるから。でも、さすがに、おれひとりじゃそこまで手がまわらないし……」

 その言葉に――。

 ピン! と、笑苗えなの頭に天啓てんけいが閃いた。

 「それ、あたしがやるわ!」

 「君が?」

 いつきは驚いたように目を丸くした。

 笑苗えなは自信満々に胸を叩いて見せた。

 「そう! 美容にはうるさいんだから。そっち方面はあたしに任せて!」

 ――そうよ。美容に関してはあたしの方がずっとくわしいもんね。この点に関しては絶対、新道しんどうの役に立てるわ。

 自分にもいつきの役に立てることがある。

 そのことを発見出来て笑苗えなはとにかく嬉しかった。

 一方、そう言われたいつきの表情はやや複雑だった。一瞬、さびしげな表情を浮かべたあと、顔をそらし、呟いた。

 「ああ、そうだな。そうなったら……」

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