九章 ドイツの友
終業のチャイムが鳴り響く。
その途端、
体が小刻みに揺れ動き、全身でハミングしている。見ているだけでこちらまで楽しくなってくる。そんな喜びにあふれた姿。ここ数日すっかり定番と化した
「ねえ、
「ごめ~ん。今日もこれから
と、誘いに対する未練も見せず、
その姿を
いままで、男子と付き合っているときでも仲間内からの誘いを断ったことなんてない
頭のまわり中に『?』マークを乱舞させている
「ちょ、ちょっと! これ、どういうこと? まさか、
「そ、そんなわけないだろ!」
あきらの言葉に
「
「で、でも、いままで男の子と付き合っていたときだって、あんなに楽しそうにしてなかったよ」と、
「もし、本気になっていたとして……どうする?」
と、
「ど、どうするって。うまく行ってるなら別にいいんじゃないの?
「だけど、もともとは罰ゲームの嘘告なんだぞ。もし、
「うっ……」
「……なんかもう、
「これで、バレたら……もう冗談じゃすまないことになるんじゃないか?」
仲間たちの心配をよそに、
納屋にしまっておいた去年分、最後の米俵だという。中身を開けて小分けにし、家のなかのキッチンと野外キッチンとにわけて置いておくのだという。
しかし、
――うわあ。これなら、あたしをお姫さま抱っこするぐらい、簡単だろうなあ。
生まれてこの方、体重が五〇キロを超えたことがないのが自慢の
米俵を支える
「すごいねえ、
思わずチョン、と、二の腕をつついてしまう。
「わあっ!」
突然のことに
「な、なにをするんだ、いきなり⁉」
「ご、ごめん……! あんまりすごい筋肉なもんだから、つい……」
――まさか、
見た目はごくごく平凡な中肉中背なのにその実、筋肉の鎧がぎっしり。細マッチョ好きにはたまらない体型。いままで、学生服で全身を包んだ姿しか見たことがなかったし、体育の授業は男女別々なので気がつかなかった。
「そりゃ、畑仕事をしていれば筋肉はつくさ」
額の汗に手についていた土が溶け、黒い縞模様を作る。それがまた
「それに、おれはパンも作るしな」
「パン? パンを作るのと筋肉がなにか関係あるの?」
「パン作りは重労働だ。何十キロという粉を扱うし、生地の固まりをこねたり、叩いたりするわけだからね。いやでも腕っ節は強くなる。ヨーロッパには『パン屋とは喧嘩するな』って言うことわざもあるぐらいだ」
「へ、へえ、そうなんだ……」
畑仕事とパン作り。それによってここまで自分好みの肉体が出来上がるなんて……。
――そう言えば、
チラリ、と、
――全身、見たらどんな体型なんだろう? み、見てみたい……!
そうは思ったが、さすがに『見せて!』とは言えない。デート経験豊富な
――ご両親からかな?
――英語⁉
突然、英語が飛び出したことに
「え、ええと、
「いや、ドイツ」
「ドイツ⁉」
「そう。ほら」
と、
「ドイツの農場主のウォルフとその奥さんのマルガレータ。それに、娘のアーデルハイドとアンナ」
ウォルフとマルガレータは共に四〇代、アーデルハイドはひとつ年上の一八歳で、アンナは三つ年下だという。
「
――あれ、英語だよね、多分……。
と、ちょっと自信のなくなる
「そりゃあ、英語は公用語なわけだから。言語がちがうもの同士が話すとなれば英語になるよ」
「あ、ああ、なるほど……」
日本語コミュニティーしか知らない
「ドイツは環境先進国でね。国民一人ひとりの意識が高くて環境問題に対しても様々な取り組みをしている。地産地消の地場エネルギーに関しても熱心だ。特に農家は太陽電池を取り入れて自家発電するケースか増えている。
昔のドイツでは農家のことを『土地の
「へ、へえ……」
「ウォルフもそのひとりだ。太陽電池やら、バイオガス・プラントやらを積極的に取り入れて脱炭素に取り組んでいる。町で使う風車の共同オーナーにもなっている」
「へ、へえ……」
と、
「ドイツ農業に学ぼうとあれこれ調べているうちに知り合ってね。ドイツのみならずEUの農業についていろいろ教わってる」
「そ、そうなんだ……」
驚いた。
本当に驚いた。
高校生の身でドイツの農家とつながり、未来を目指して活動しているなんて。
――そう言うのって普通、大学を卒業したりしてからやるものなんじゃないの?
――
――学校では陰キャのボッチ扱いされていたけど、実際には陰キャでもボッチでもなくて学校の外に生活の中心をもっていたのね。そりゃ、いつも堂々としているわけだわ。うん。
スクールカーストなどと言う、わずか数年の、それも、学校の外に一歩出れば意味を成さなくなる『制度ごっこ』に汲々とし、そこから転落しないことばかりを考えてきたなんて……。
――あたしは、なにかひとつでも
そう思い、不安になる
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