四章 スーパーフードでもりあがる

 「趣味?」

 「そう。新道しんどうの趣味。どんなのがあるの?」

 笑苗えないつきにそう尋ねた。

 罰ゲームで嘘告してから三日目。すでに定番となりつつあるふたりでの帰り道。その途中でのことだった。

 ――しょせん、演技ではあるけど、悪いやつじゃないものね。『短い間だったけど、本当に付き合ったんだ』って思わせてあげたいもんね。

 そのためには『あなたのこと知りたいの!』アピールがいちばん! との計算からだった。笑苗えなとしては一応『良い思い出を作ってあげよう』との最大限の善意なのだった。

 言われていつきは小首をひねった。二、三秒、考え込んでから答えた。

 「趣味と言っていいのかどうかはわからないけど……カフェやファミレスでの食べ歩きはよくするな」

 「へえ、なんか意外。自分で料理する人はファミレスとか行かないと思ってた」

 「逆だよ。自分で作るからこそ、プロの作る料理はどんなものなのか興味がわく」

 まあ、いままで、おれの作る野菜以上にうまい野菜に出会ったことはないけどね。

 と、素直に胸を張る態度が清々しい。

 「たしかに、新道しんどうの作る野菜っておいしいもんね。食べ歩きって言えば、あたしもよく、コンビニスイーツを食べ比べてるなあ」

 「コンビニ? 専門店のとかじゃなくて?」

 「うん。いまどきのコンビニスイーツはなかなか侮れないから。それこそ、下手な専門店より豪華なスイーツとかもあるのよ」

 「へえ。それは知らなかったな」

 「それに……」

 と、笑苗えなは身をちぢ込ませて言った。

 「……専門店とか高いから」

 「……わかる」

 と、いつき真摯しんしな表情でうなずいた。

 しょせん、高校生。懐加減が厳しいのはふたりとも同じである。

 「でも、コンビニスイーツか。そう言えば、菓子類はあんまり食べたことないな。一応、菓子も作るんだけど……」

 「新道しんどう、お菓子まで作れるの⁉」

 「それはまあ。菓子作りの材料で、うちの畑でとれないのは塩と砂糖とバターぐらいだから。簡単なものぐらいなら作るよ」

 「へえ。新道しんどうの作るお菓子かあ。食べてみたい」

 パンや野菜はあんなにおいしいのだ。スイーツだってきっと、おいしいにちがいない。

 「あんまり期待されても困るけどね。しょせん、男の作る菓子だ。見た目はよくない。女子が好むような可愛いものは作れない」

 「見た目なんて二の次だって。それより、味でしょ」

 「味か。となると、君の言うコンビニスイーツがどの程度のものか気になってきたな。本当におれの作る菓子よりうまいのか……」

 「それじゃ、いまから試してみない? お勧めのスイーツがいくつもあるわ」

 「面白そうだな。案内、頼めるか?」

 「任せて!」

 と、笑苗えなは大きさは並だけど形の良さが自慢の胸を叩いて請け負った。

 それから、ふたりで何軒かのコンビニをまわった。笑苗えなは行く先々で商品一つひとつを手にとっては、使われている材料、カロリー、商品の特徴に至るまで事細かに解説した。

 「このケーキなんて特にお勧めね。豆乳を使っているからカロリー低めだし、大豆イソフラボンの効果で肌に良いのも嬉しいところね」

 と、カロリーや美容に関する効果を気にしているあたりが年頃の女子らしい。

 いくつかのスイーツを籠に入れ、レジに向かい、会計をすませる。

 「ありがとうございました。またお越しくださいませ」

 「ありがとうございます」

 と、レジ係が礼を言い、頭をさげるつど、律儀に礼を言い返すいつきだった。

 ――ふうん。やっぱり、新道しんどうって礼儀正しいのよね。どのお店に行ってもきちんと店員さんにお礼、言うもん。

 いままで何人もの男子と付き合ってきた。長続きさせたことは一度もないが――『長続きしたことがない』ではなく『長続きさせたことがない』ここ重要――そのなかには自分にはやたらと優しげに振る舞うくせに、店員相手だといきなり横柄おうへいな態度をとったりするタイプもいた。そういうタイプは下心で優しくしているのが透けて見えて、すぐにお引き取り願った。その点、誰に対してもきちんと礼儀正しく振る舞ういつきには好感がもてた。

 ――はあ~。やっぱり、だましてるのはちょっと気が引けるわ。

 いまさらながらに罪悪感を覚える笑苗えなだった。

 ともかく、ふたりはいくつかのコンビニをハシゴし、スイーツを買いあさった。ついでに、コーヒーも淹れて公園に向かう。ベンチに並んで腰掛け、スイーツパーティーと相成った。

 目の前に並べられたスイーツの数々にいつきは目を見張った。

 「へえ。なにかすごい豪華な感じだな。コンビニって安くて便利なかわりに高級品はないイメージだったから意外だよ」

 「チッチッチッ。いまどきのコンビニを舐めちゃいけねえぜ」

 と、指など振りながら気取って言ってのける笑苗えなだった。

 「スイーツは女子客をゲットするための大切な戦略商品だもの。どこのコンビニでも力を入れているんだから」

 「なるほど。コンビにとって女子客を取り込むのはそれだけ大切なことなのか」

 「そりゃあね。コンビニに限らず、女子客が来れば男子客も一緒に来るから」

 「なるほど。そう言えば、女子客にはいろいろとサービスする店って言うのはよく聞くな」

 「そういうこと。それに、最近は健康志向が強いから、その点でも力を入れているのよ。スーパーフードを加えたりしてね」

 「スーパーフード? ああ、アサイーとか、チアシードとかか」

 「そうそう。よく知ってるわね。普通、男子って『食えればいい!』って感じだから、カロリーとか、栄養とかはあんまり気にしないんだけど」

 慶吾けいごなんてその典型。弁当と言えばいつだって『米と肉!』ばかりで潔いことこの上ない。野菜なんて食べているところは一度も見たことがない。雅史まさふみはそれほどではないがやはり、米と肉の賛歌。野菜は申し訳程度にほんのちょっぴり入っているだけだ。

 いつきは答えた。

 「それはまあ、自分でも野菜や穀物を作っている身だから。『スーパーフード』と聞けば興味は出るよ」

 「なるほどねえ」

 「まあ、さすがにスーパーフードの栽培までは出来ないけど。いや、でも、アサイーならできるかな? あれってブルーベリーの仲間だっけ?」

 「見た目は同じっぽいからそう思われがちだけどね。ブルーベリーはツツジ科、アサイーはヤシ科で全然、別の種類よ」

 「くわしいな」

 「そりゃあ、女の子だもん。美容効果の高い食べ物のことは知っておかなきゃ。とくに、アサイーは鉄分が多いから貴重なのよ。女の子って貧血になりやすいから」

 「それは、ダイエットのやりすぎなんじゃ……」

 「それ、禁句!」

 「……はい」

 鋭く指摘されていつきは口をつぐんだ。

 それから、小首をかしげた。

 「でも、ヤシ科って言うことはやっぱり、南の方の植物なのかな?」

 「そこまでは知らないけど……」

 「案外、ブルーベリーより作りやすいかもな。苗が手に入るようなら試してみるかな」

 「ブルーベリーって育てるの、むずかしいの?」

 「いや、そういうわけじゃない。むしろ、果樹としては手間がかからなくて簡単な方だよ。ただ、土質の問題があるんだ」

 「土質?」

 「ブルーベリーは酸性土壌を好む。ところが、たいていの野菜は中性から弱アルカリ性の土を好む。酸性土壌では野菜はうまく育たないんだ。だから、野菜とブルーベリーではちがう土作りが必要なんだよ」

 「へえ、そうなんだ」

 「まあ、鉢植えにしておけば大して手間はないし、実際、鉢植えのブルーベリーも置いてあるけどね。でも、畑にデン! と植えておけたら大きく育てられるし、その分、収量も増えるだろうから……」

 「そうなったら、アサイー食べ放題かあ。いいなあ。うまくいったら、あたしにもわけてね」

 「了解」

 そんな調子で話が弾む。美容に関することでは男子とはなかなか話が合わないので、こうして普通に話せるのは新鮮だった。

 会話が弾むついでにスイーツもポンポンふたりの口に消えていく。山ほどあったスイーツがすっかり消えていた。そして、ふたりは――。

 「……ゲプ」

 と、すっかりふくらんだ腹をなでながらゲップをするという、付き合いはじめのカップルにしては少々はしたない姿を見せていた。

 「さ、さすがに、食べ過ぎたな……」

 「……そうね。調子に乗りすぎたわ」

 ふたりは顔を見合わせて苦笑した。

 「でも、たしかにどれもおいしかったな。見た目も豪華で高級品ぽかったし」

 「『でしょう? いまどきのコンビニスイーツは侮れないのよ」

 「たしかにそうだな。コーヒーもうまかったし」

 「いまどきのコンビニコーヒーは、ホテルで出るコーヒーよりおいしいって噂もあるぐらいだしね」

 「なるほどな。安くて便利、しかも、うまい、か。たしかにコンビニは侮れないな」

 空き袋などはいつきがすべて自分のバッグにつめた。家できちんと分別してゴミに出すという。

 会話と色とりどりのスイーツを満喫まんきつしたあと、ふたりは帰路についた。いつもの分かれ道でお別れする。

 「それじゃ」

 「うん、また明日ね」

 と、笑苗えなは笑顔で手を振った。

 小さくなっていくいつきの後ろ姿を見送りながら小さく溜め息をついた。

 ――三日目クリア。これであと七日。七日……かあ。

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