二章 このときは嘘告だった
「あ、あの、あたし……
翌日の放課後。
あくまでも演技、あくまでも嘘、あくまでも罰ゲームの告白を。場所は
「少女マンガ趣味の校長が、生徒たちが告白しやすいようにわざわざ植えた」
という、もっぱらの噂のその場所で。
うつむき加減の上目遣い。右手は口元に当て、ギュッと握りしめた左手はスカートの前。身を堅くちぢ込ませて緊張感を演出し、表情はあくまでか細く、心許なさそうに。不安と緊張を現わす汗までかいている。このあたり、自分でもなかなかの演技だと思う。
――うん。今回の告白はいい出来だわ。
表情にも、声にも、わずかばかりも出すことなく内心でそう思う。伊達に中学時代からスクールカースト上位のギャルをやってはいない。どんな告白が男子受けするかは学習済み。自分のキャラに合わせた『遊んでいそうだけど、実は清楚な女子』の精一杯の告白というシチュエーション。相手を騙してその気にさせるための完全な演技ではあるが、
その逆だ。
――せめて、『一度は本気で告白されたんだ』と思わせてあげよう。
という、
一方、告白を受けた
特にかわった様子はない。表情を動かさないままじっと
――なによ、こいつ。全然リアクションないじゃない。
――陰キャのボッチのくせしてして、こんなかわいい女の子に告白されて喜びもしないとか信じられない!
そう思い、腹を立てた。
チラリ、と、横目で校舎の陰を見る。そこには当然、成り行きを見物するべくいつもの連れ、
これはまずい。
もし、万が一、
――そうよ。このあたしが陰キャのボッチなんかにフラれてたまるもんですか。
そんなことはまちがってる!
太陽が西から昇ろうと、あってはならない!
肚の底でそう『少女の主張』をぶちかます
これはもう、なにがどうあっても落としてやらなくては気がすまない。今後のグループ内での自分の立場のためにも成功させるしかない!
――ええい、仕方がない! 陰キャのボッチには刺激が強すぎると思ってやらずにいたけど……奥の手だわ。
「お願い! あたしと付き合って!」
まっすぐ結んだ唇で必死さをアピールし、ウルウルっと潤んだ、捨てられた子イヌの瞳で見上げて見せる。
――かわいい女の子にここまでされて落ちなかったら、ホモかとんだ変態だわ。
そう思いながら、表面ばかりは必死な振りをして見つめつづける。
「いいけど……」
やがて、
ぶっきらぼう。
そう言っていい口調だった。
――なによ、そのうっすいリアクションは もっと喜びなさいよ。
「……おれは女子と付き合ったことなんてない。なにをどうすればいいのかわからないけど」
言われて
――ああ、なんだ。女の子と関わったことなんてないからパニックになって、なにをどうしたらいいのかわからなかったのね。
そう思えば腹も立たない。むしろ、ちょっとは可愛く思えてくる。腹のなかでニンマリ笑い、表面ばかりは清楚な女子の振りをつづける。
「だ、だいじょうぶ! あたしもはじめてだからさ。ふたりで一緒に経験していこう」
ねっ? と、大嘘にもほどあることを平気で言ってのける。
せっかく『実は清楚キャラ』で告白したのに、下手に自分からリードしてデート経験豊富という事実がバレるのはまずい。ここはあくまで恋愛初心者の振りをしてぎこちなく振る舞うのが正解。
――その方が深入りしなくてすむから、フったあとも気にせずにすみそうだし。
そんなことも考えながら
「とりあえずさ、ファミレスにでも行かない? ほ、ほら、カップルってそういうところでお茶したりするものらしいし……」
『らしい』もなにも中学時代から当たり前に何度となくやってきている。
「……そうだな。それじゃ、そうしてみようか」
「うん!」
と、いかにも『受け入れてもらえて嬉しいっ!』な笑顔を振りまきつつ、ふたり並んで歩きはじめる。さりげなく
――このぐらいなら、まあいいよね? 正体がバレるのはまずいけど、彼女の振りはしなくちゃいけないし……。
このぐらいなら恋愛初心者でもやるだろう、多分。
念のため、恥ずかしくて顔も見れないという演出のために顔をうつむける。
その姿勢のまま、そっと
――ふうん。やっぱり、女の子慣れはしてないわね。この程度で赤くなるなんてかわいいじゃない。
そこでは
――見たか!
と、こっそり見つめる見物客たちに勝利の笑みを見せつけて、
あまり人気のないファミレス。そのなかのテーブル席で
さすがに初デートで隣り合わせに座るのはまずい。そんなことをしたら『実は遊んでいる』とバレてしまう。だから、当たり前に向かい合わせに座った。そもそも、
――ギャルではあっても、ビッチではないんだからね!
そのプライドがある。
場所は学校から少しはなれたファミレス。
「学校の友だちに見られたら恥ずかしいから……」
と、
やがて、ウエイトレスが注文した紅茶をふたつ、トレイに載せてもってきた。
「緊張してなにも喉を通らないの……」
アピールのために紅茶だけにした。
ただ、
――まあ、初デートで緊張しているとなれば、自分だけ他のものをオーダーするなんて出来ないわよね。
ウエイトレスが紅茶のカップを
「ありがとうございます」
それはごく自然な『いつもの癖が出た』という口調と態度であって、女子の前だから
「
「えっ? ああ」
と、
「昔からの癖だからね」
「ふ~ん」
と、
――無口な陰キャと思ってたけど、礼儀正しいんだ。やっぱり、悪いやつじゃないわね。
演技とはいえ十日間、付き合うのだ。礼儀知らずのおれさま系より、礼儀をわきまえた穏やかな男子の方がいいに決まっている。
――その方が後々、安心だしね。
と、ちょっぴり打算的なことも考える。
その『悪いやつじゃない』相手を騙すことになるのは気が引けるが、
――そこはまあ、思い出を作ってあげると言うことで。
そう言う理由で打ち消した。
それからしばらく沈黙の時間がつづいた。
と言うわけで、
――ええと、彼女の振り、彼女の振り。
大切なのはその点。
――やっぱり、これよね。男子は女子からプライヴェートなことを言われたり、聞かれたりすると『気を許してくれてる』って思って喜ぶから。
そういうことなら
「ね、ねえ、あたしの『
「えっ? ああ、そう言えば。『笑う苗』だっけ? たしかに、めずらしいと言えばめずらしいかもな」
「でしょ? うちの親が言うには『笑顔をどんどん育てられる人生になるように』っていう意味でつけたんだって」
「いいご両親だな」
「でしょ?」
と、いかにも親孝行な素直な女子を装って笑ってみせる。
「でも、
「そう言われると、特に聞いたことはないな。ただ、おれの名前は親じゃなくて、じいさんがつけたそうだけど」
「へえ?
「農家だよ。うちは先祖代々、農家だからね。じいさんも代々の畑を受け継いで、ずっと農家として働いてきた」
「へえ、そうなんだ。じゃあ、ご両親も農家なわけ?」
「いや、父さんも母さんも会社員だよ。『これから先、農家では食っていけない』っていう理由で会社勤めを選んだらしい。じいさんもさびしいけど仕方がないって言っていたな」
「ふうん。でも、おじいさんもさびしいでしょうね。代々の家業を継がせられないなんて」
「……ああ。口に出してはなにも言わなかったけど、そうだと思う」
「だと思う?」
「二年前に亡くなったからね」
「そ、そうなんだ……。ごめん。よけいなこと聞いて」
「いいさ。年寄りが死ぬのは当たり前のことだ。それに、畑仕事をしている最中に倒れて、そのまま死んだからね。本人にとっては望んだ通りの大往生さ。悔いはないはずだよ。それに……」
「それに?」
「畑はおれが継ぐことにしたからね」
「
「ああ。うちの親は共働きだったから、おれはじいさんの所に預けられていることが多くてね。じいさんの畑で育ったんだ。その畑を潰すのはやっぱり惜しくてね」
「ふうん。おじいさん孝行なのね。でも、ご両親はそれでいいわけ?」
「そりゃ反対されたさ。なにしろ、父さん自身、これからは農業なんかでは食えないって会社員を選んだんだ。おれの時代ではもっと厳しくなる。でも、なんとか説得したよ。まあ、大学まではきちんと卒業するっていう条件付きではあるけど」
「ふうん。そうなんだ。あ、それじゃ、もしかして、
「ああ。畑仕事があるからクラブに入っている時間がない」
「そうなんだ。あ、それじゃ、こんなことしてる暇もないんじゃ……」
「いや、そこまで気にする必要はない。農業なんて暇なときは意外と暇なものだからね。学校の図書室で資料調べてして遅くなることだってよくあるし」
「そう? ならいいけど……」
そんな調子で一時間ばかり話した。
やがて、ファミレスをあとにした。
「紅茶一杯でいつまでも居座るのも悪いから……」
という
大して繁盛しているファミレスでもないらしく、席はガラガラ。
「それじゃ、おれはこっちだから」
しばらく並んで歩いたあと、分かれ道で
「あ、うん、それじゃ、また明日ね」
「ああ」
その後ろ姿を見送りながら
――よし! 一日目、クリア! あと九日!
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