第十首「床下の 鼠家族の 団らんを 破滅せしめる 足の重さよ」
「今は四月だろ? だから秋の歌を使って色づいた銀杏だとか紅葉だとかを生やすと環境破壊だっておこられちまう。こだわってくれるのはありがたいけどよ……」
「すみません……。でもですね、わたしの場合、ひらめきが命なので、自分でも口惜しいのですが、できないものはできないんですよ……。何ていうんでしょうか。夏になると鍋焼きうどんが食べたくなって冬になるとかき氷が食べたくなるみたいな感じです」
意味がわからない。
「あ、でも、確か……」
散乱している
「こんなのならありますよ」
「ん、どれどれ」
「ぴ———— ぴーーーーーー ぴーーーー ぴーーーーーー ぴーーーーーー(自主規制)」
「…………これは?」
「春の歌です」
「そうそうこれこそまさに春の歌……って春の意味がちがーう!」
「いいじゃないですか、漢字同じなんだし」
「歌人として有るまじき発言だな……。また師匠に怒られるぞ」
「ううっ、それはいわないでください……。師匠と聞くと麻疹発疹蕁麻疹がっ」
「もし本当なら医者に行け」
俺が呆れはて肩をすくめたその時だった。
突如、地鳴りが響いた。
地震か?
少し身をかがめ、辺りを見回す。
揺れが大きくなる。
俺はそわそわしつつ、次の適切な行動を考えはじめる。
が、由香李の方はにこにこしながら廊下の先を見つめて動こうともしない。
なるほど。
俺もやっと合点がいった。
廊下の角から
由香李が俺の袖をそっと下に引いてくれ、それで思いだしたように立ち膝で平伏した。
一歩歩くたびに床板がきしんで割れ、足が埋まる。足を抜きだし歩を進める。また床板を踏みぬく。それを繰りかえす。
床下の鼠には同情を禁じえなかった。
床に開いた穴は後ろについてくる絡繰二台が修復していた。
「ほう、飛鳥賀の。偵察かえ」
もったりとした声質に加えてのろのろとしゃべるので、よけいに野暮ったく聞こえてならない。
「いえ、そのようなつもりは……」
「璋子様、成通さんとは
「よいよい。見られたところでどうこうできるものでもないわ」
余裕というか眼中にないというか。
紹介が遅れたが、このえらそーなのが由香李の教え子の北波璋子である。
正確にいえばえらそーというより本当に偉く、十二歳で官位も大したことはないのだが、父親が東党の党首である北波畦長なのに加えて、本人は光帝の寵愛を受けているときた。さらにこの風貌である。威圧感で辺りの空気が淀んだ。
「ところで
「はっ」
「わらわは太っているか?」
「いえ、滅相もございません」
よく見ると北波璋子が着ている十二単には袖がない。
振袖に見えるのは垂れ下がった二の腕の肉であった。精緻な文様は前方の二台の機械が映像を投影しているのだった。
「もう一度きく。わらわは太っているか?」
二の腕を激しく震わせる。
肉が波打つ。同時に映像も万華鏡のごとく色彩をばらまきはじめた。風神と雷神、龍と虎、犬と猿、
「いえ、太っておりません」
「誠か」
「はい。誰が嘘などつくものでしょうか」
顎肉をぶるぶるふるわせる。
「わらわは太っているか?」
「ふふふふとっておりません」
「ふむ。よろしい。由香李よ、次の講義はいつだったかの」
「あ、え、あ、
「ふむ、わかった。では後でな」
「はい」
地響きとともに北波璋子は去っていった。
「……なぜ俺の周りにはろくな奴がいないんだ」
「ほんとですねぇ」
「その中にはお前も入ってるんだぞ」
「類は友をよびますからねぇ」
やめよう。こいつ相手に舌戦を仕掛けても意味がない。
「それより由香李、俺が今日ここに来たのはな、練習の日取りを——って、うおっ!」
由香李は俺の手を強く引くと、布団に引っぱりこんだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます