第九首「子供の絵 人は正面 向いていて 目は黒目だけ だいたい全裸」

「もう知ってるとおもうけど、この脚骼レガースこそがいま使用が禁じられてない科学技術の中で最先端なの」

 和泉は白墨で地面に図を描きはじめる。

「そうなのか」

「そ、ほら、今でこそ料理とかそういうものに技術が使えるようになったけど、焼き芋とかね、ちょっと前までは全部禁止されてたでしょ」

 謎の楕円形が地面に描かれる。おそらく芋だ。芋には見えないが。

「でもやっと、何々は使えるとかそういうものが限定列挙で法律に記載されるようになったから、それだけは科学技術が解放されてあたしたちもその恩恵にあずかれるようになったじゃない。例えば、最近は電動補助アシスト牛車ってのも法改正で許されるようになったし、それは牛車業界にとっては革命よね」

 牛が描かれる。しかしよく見ると足が五本ある。これは牛ではないのかもしれない。

「でもやっぱり規模とか浪漫を考えたらあたしは蹴鞠リグローブが今一番科学の先頭を走ってるっておもう。畦長様が規制緩和をどんどん進めてるしね」

 確かに今でも何らかの機械技術を使う時は、事前に朝廷に申請を出しておかなくてはいけない。それで議会が法律に明文化することでやっとその技術を使用する許可が下りるのだ。

 それは相変わらずなのだが、東党の党首に北波畦長きたなみのあぜなががなってから、この許可がどんどん降りるようになっていた。

「そういえばそうだな」

「で、本題の仕組みなんだけど、正直いうと、あたしもよくわかんないのが実状。怠慢っていわないでよ。あたしだって喉から手が出るほど知りたいんだから。脚骼レガースの核になるのは丗一機関モノノアハレっていうんだけど、これの中身が黒箱ブラックボックスになってて、完成された状態で朝廷から支給されるの。あたしたちはそれを取りつけるだけってわけ」

「じゃあ、お前も、わからないのか……」

「話を最後まで聞きなさい! 確かに丗一機関モノノアハレの作り方はわかんないわよ。でもどういうものかは説明できるわ。これでもあんたの整備士なんだからね」

「そうだよな……すまん。続けてくれ」

「ま、分かってくれればいいの。丗一機関モノノアハレっていうのはね短歌の想いの力を原力エネルギーに変える装置なの。でもね、どんな短歌でもいいってわけじゃないわ。こういう式は知ってる?『原力エネルギーは質量と光速の二乗の積に等しい』つまり、重ければ重いほど大きな原力エネルギーを持ってるってことだから、短歌も重くなきゃいけないの」

 説明が口からとめどなく溢れ和泉はどんどん早口になっていく。目も決まっている。

「じゃあどうやったら重くなるかっていったら、それはもちろんどれぐらいその短歌に想いがこもってるかってこと。だからみんなこぞっていい歌を作る人に組織チームに入ってもらおうとするわけ。うちの場合は由香李ね。いい歌ほど想いが相手に伝わる、想いがしっかり歌の中に入ってる、たった三十一文字だけど、その三十一文字の中に世界を詰めこむことができる、それが短歌ってこと。で、いい短歌ほどすごい力が発揮できるってわけ」

「なるほどな。じゃあ短歌を作れば作るほどどんどん強い力を発揮できるってことなのか」

「それがそうともいいきれないのよ。丗一機関モノノアハレは一度に一首しか歌を読みこめないし、短歌を原力エネルギーに変換するわけだから短歌を消費するってことになるしね。この辺はなかなか難しいわ。ちょっと似てるものでいうと、あたしたちが呼吸するときは酸素を取りこんで二酸化炭素を排出するじゃない? その化学変化の中で原力エネルギーができて、それがあたしたちの体を動かす力になってるってわけだから、この場合も同じように短歌は取りこまれて、違うものが排出されるわけ。その排出されるものっていうのが、まあ短歌によるんだけど、例えばその短歌が秋の歌で、綺麗な紅葉に想いを託して読んだとすると、原力エネルギー放出の副産物として、紅葉の木がその辺に生えたりとかしちゃうってこと。で、その短歌は存在自体が消滅してしまうの。存在自体が消滅するっていうのはなかなか理屈で説明しづらいんだけど、短歌自体が実物じゃないわけだからね、でも何ていったらいいのかしら、一番わかりやすいのが誰の記憶からもなくなってしまうっていうことかしら。だから簡単にいえば丗一機関モノノアハレっていうのは短歌自体の概念をその短歌で読まれたもの、その実物に変換する過程で原力エネルギーを生み出す機構ってことになるわ。そこで生まれた爆発的な原力エネルギーを効率よくボールにぶつけられるように、足にぴったりくる形にしたのが脚骼レガースってわけ。わかった?」

「うーむ」

「何よ、まだわかんないの?」

「いや、もう少しで下ばきパンツが見えそうだなとおもって」

 和泉は無言でまた俺を踏んだ。

 そこで記憶と一緒にその時の痛みまで思いだしそうだったので、俺は回想を切って捨てた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る