第六首「積まれた荷 片付けられない わけじゃない 効率的な 配置といって」

 由香李の家には行きたくなかった。

 由香李の家ではないからである。

 というのも、由香李は住み込みの家庭教師なのだ。つまり教え子の家に逗留しているのだが、その教え子というのが曲者で俺は会いたくなかった。だが家には親父がいた。板挟みだった。

 というわけで俺はひたすら玄関で逡巡していたのだが、これでまた自分の職分を果たさないとあいつら(特に和泉)にどやされるので仕方なく家を出た。

 そしてすぐに着いた。

 由香李の家は俺の家の二つ隣なのだ。では一つ隣はどこかというとこれが光帝のおはす流水殿である。俺たちの家は流水殿をはさむようにして建っていた。

 正門に衛兵はいない。

 門前には監視加写機カメラがすえつけてあるので、人はいらないという寸法だ。

 かたや、うちはというと衛兵を二十人ほど雇っていた。

 しかも、毎夜毎夜刺客がくるというわけでもないので士気が低く、ほとんど案山子と大差なかった。俺も将来はこんな屋敷の衛兵になりたいものだが、それは叶わぬ夢というものである。

 俺は呼突起インターホンを押した。でぃんどゅるどぅん、という高級感を出そうとしすぎて逆に陳腐になったような機械音が響いた。

 誰もでてこない。

 まあ、いつものことだ。

 中に入る。誰もでてこないということは中に入っていいのである。ここはそういう家なのだ。

 阿呆みたいに広い中庭を過ぎ、由香李の住む殿の縁側から呼びかけた。

「ゆかりー。いるかー」

 返事がない。

「おーい。ゆかりー」

 うんともすんともいわない。

 しかし俺は動じなかった。それも慣れていたからである。

 俺は履物を脱いで廊下へ上がり、障子を開けた。

 前方から何かが飛来してくる。

 常人ならここでうろたえて物体の衝突を許したろう。しかし、普段から蹴鞠リグローブで反射神経を鍛えている俺は、それを二本指で華麗に挟んでとめる——

 のに失敗した。

 額にささる。抜き取ると鯨みたいに血が噴きだした。

 見るとそれは短歌が書かれた短冊カードであった。

『兄ぃ兄ぃ似 荷二に二人に 煮に荵二 二位に尼二人 任に忍々』

 なんじゃこりゃ。

 まあ、飛んできたということは失敗作だろう。

 薄暗い部屋には、くしゃくしゃの和紙や折れ曲がった短冊が、足の踏み場もないほどに散らばり、隅の方ではそれがうず高く積まれ天井に達しようとしていた。

 とてもじゃないが人が生活しているとは思えない空間だが、俺はここで一人の人間が何不自由なく暮らしているのを知っており、その張本人は部屋の中心で黙々と筆をはしらせていた。

「相変わらずだな、由香李」

「あっ、成通さん、おはようございます」

 といって、葛木由香李かつらぎのゆかりはにっこりほほえむ。

 俺は貧血だった。

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