第四首「食べると屁 出るのは芋に 限らない 食物繊維 多くあればね」

「と、いうわけです」

「それがこの屁か」

 ところ変わって自宅、耳の奥がかゆくなるような低音を発し眼前でふんぞり返っている男は――俺の父親――飛鳥賀師通あすかがのもろみちだった。

 朝廷を二分する勢力の一つ、西党の党首に長らく君臨し続け、都とは名ばかりの、妖怪さえ寄りつかない伏魔殿で、大いに権勢をふるっている怪物。

 そんな親父の部屋でぽつんと二人。好き好んで選ぶ状況ではない。帰宅一番、俺は部屋に呼び出されたのだった。

「はい。恐れ入りますが、生理現象ですので、放屁の音や匂いについてはご寛恕いただきたく存じます」

 いいおえると同時に俺は爆発的な屁をこき、親父は平安貴族の典型である丸い眉をひそめた。

 経緯を振りかえるとこうだ。

 焼き芋屋の親父を練習場から叩きだし、気を取りなおして練習を再会しようとしたところ、何やらぷぷぷと控えめな炸裂音が響き、辺りを見回すと頬を赤らめた晴と目が合った。

 それが合図だった。

 俺の腸が狂喜乱舞を開始した。その成果は音と匂いとしてすぐにあらわれ、断続的に続いた。あまりにも勢いよく出続けるので空も飛べるのではないかとおもえた。それほどにものすごい屁であった。

 状況を察した和泉の顔がさっと青くなった。元々内股なのがさらに内股になった。

 文句をたれていた和泉だったが、結局は焼き芋をひとつ食べたのである。

 腐卵臭が一帯を包みこみ、それにさっき脚骼レガースが創りだしたせいで、その辺に散らばっていた銀杏の臭いがまじりあう。

 もはや鼻呼吸は不可能だった。

 鼻をつまみながら言葉を交わす。

「……へえ、はひひひ(ねえ、成通)」

「ひは、ひははへひうは。ひいはいほほは、ははっへふ(いや、みなまでいうな、いいたいことはわかってる)」

「ふん……(うん……)」

「ほうほへんふうは、ほひはひひひほう(今日の練習は、お開きにしよう)」

 晴も熱心にうなずいていた。

 そして俺たちは気まずい空気、というか鼻が曲がりそうな空気を漂わせたまま解散した。本当は次の練習予定を決めておきたかったが、二人の目は一刻も早く帰らせろと訴えていた。

 というわけで、やむを得ず牛車を呼んで帰宅の途についたわけだが(牛車の中でも屁をこきつづけたので、運ちゃんには露骨に嫌な顔をされた)到着しても屁は一向におさまらず、こうして決まりの悪い思いをすることになっている。

 俺は鋭い屁で説明を締めくくった。

「事情はわかった。それにしても、また今日も球遊びか。いくつになっても成長せんな、お前は」

「……」

「ふん、まあいい。それで用件だが、来週の御所会議には顔を見せなさい」

 御所会議。毎週、流水殿で開かれる政策会議だ。東党と西党の重鎮が揃って、光帝の面前で議論を戦わせるらしい。

 そんなところに俺を呼んで何がしたいのだろう。

 若者の意見が聞きたいとか、そんなところだろうか。

「お前はただ見ているだけでいい」

 俺の考えを読んだように親父は続けた。

「お前ももう十七だ。そろそろ私の後継ぎとして準備を進めていかねばならん。これはその手始めだ。まずは挨拶、そして顔を覚えるところからだ。政治家にとって、人の顔と名前を一致させ、それをすぐに思いだせるようにしておくのがどれだけ重要なことか、おいおいわかっていくだろう」

 親父にしてみれば重要なのだろうが、俺にとってはどうでもいい話である。

 が、断って話を長引かせるのも面倒なので、この場は承諾することにした。

「了解いたしました」

「ならよい。では早く床に就け」

 親父は一通りいいたいことをいって満足したようだ。

 が、片方の眉だけを不意に持ちあげると、

「ああ、いい忘れていたが」

「なんですか」

「成通、寝るときは香をたきなさい」

 そう言って親父は、しっしと手を二回振ってみせた。

 俺は後ろ手に強く襖を閉める。

 香はたかなかった。

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