第三首「競技前 鞠は磨いて おきましょう 衛生的な 衛星になる」

 一部始終を近くで見物していた焼き芋屋のおっさんに睨みをきかせて近寄る。

「おいおっさん! 『蹴鞠リグローブ練習中につき立入禁止』って入口に書いてあったろ!」

「おひょひょひょひょ。そうだっけかあ? 見たっけかなあ、そんなの」

「とにかくここは立ち入り禁止なんだからちゃんと見てくれないと困るんだよ! 蹴鞠リグローブは一歩間違えりゃ命に関わる危険な競技なんだかんな!」

 蹴鞠リグローブ。こうして俺たちが練習に励んでいる競技の名だ。

 基本的な規則はいたって単純。真ん中が縦にくびれている、瓢箪のような、あるいは鼓のような形状のボールを規定の高さまで蹴りあげる。しばらくすると打ち上げられたボールは、重力の作用によって、当然、地上に落下してくる。それをまた既定の範囲内で地面に着く前に蹴りあげる。この一連の動作をひたすら繰りかえし、最後まで続けていられた者が勝ち、となる。

 これだけ聞くと、何が命の危険などあるものか、子供でも年寄りでもできる玉遊びではないか、という反論が必ずといっていいほどあがってくるが、そういう輩は実践を見ておし黙る運命にある。

 規定の高さ、規定の範囲、が問題なのだ。

 まず高さだが、高度一〇〇〇〇キロメートル以上とされている。だからといって強く蹴りすぎると、ボールの速度が第一宇宙速度(約秒速八キロメートル)を超えてしまう、するともう地上へは戻ってこない。ボールは円軌道を描いて地球の衛星になってしまうのだ。

 こうして半永久的に地球の周りを回りつづけているボールは無数にあるらしいが、地上からは小さくてよくわからない。たまに高速で周回するボール同士が衝突し、その破片が流星群となって降り注ぐことがあるらしい。きれいだなと思って眺めていたらその火球がどんどん大きくなって目前に迫り、その後その人は消息を断った、という話を聞いたことがある。よくよく考えてみれば宇宙空間と地球上を行ったり来たりしても壊れないような物質でできている(何でできているかは知らない。専門家である和泉も知らないといっていた)のだから、流星と違って大気圏に突入したって燃えつきたりするわけがないのである。ボールの宇宙ゴミ問題は深刻化の一途をたどっているが、そんなのはもっと練習して上手くなればいいだけの話だ。失敗が減れば衛星もおのずと減るのだから。

 話がそれたが、とにかく力を調整して規定の高さを超えつつ、勢いは第一宇宙速度に到達しないよう抑えなければならない。

 規定の範囲についてもなかなかに厄介だ。範囲はこの国であればどこでもいいのだが、蹴り上げた地点から五〇キロメートル以上離れて次の蹴りキックを行わなければならない。一番楽な直上だけでは駄目ということだ。今は練習だから直上で調整を行っていたに過ぎない。

 以上の説明に、さっきの俺の失敗例を加えれば、小さなほころびが大惨事を招く危険な競技だということがわかっていただけただろう。

 だから、練習中に無断で立ちいっていいわけがないのである。

「ふぅぅ。悪かったよぅ」

「あんた何責任転嫁してんのよ」

 ばれた。

「あのねえ、本番を考えてみなさいよ。どんな邪魔が入るかわかったもんじゃないんだから、このくらいで集中を乱してるあんたがいけないの!」

 まあ、和泉のいう通りなのだが、このおっさんが規則を破ったのも事実だ。

「なんか不満そうね…………晴! ちょっとこいつになんかいってやってよ!」

「……焼き芋一つください」

「あいよぅ!」

「話を聞けー!」

「俺には二つ」

「あいよぅ!」

「だから話を聞けーーーーーーーー!」

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