闇の証明

「ん……」

「あ、起きましたのね。おはようございますですわ!」

「……ああ。おはようございます、スフィラ王女」


 目をこすりながらウーロが体を起こすと、楽しげに笑いながら屈み込んでこちらを見つめるスフィラと目が合った。


「今日もお顔を見れてとっても嬉しいですわ! さ、ウーロ様。朝ごはんができてますわよ!」

「え。そんな、ありがとうございます。王女様自ら朝ごはんの用意なん、て……。あの、スフィラ王女」

「はい!」

「朝ごはんというのは、その。もしかしてそこの水槽を泳いでいる、元気な魚たちのことですか?」

「その通りですわ! さ、ウーロ様! 起きたばかりで申し訳ありませんが、もう我慢できなイカしら! わたくしに、イカの捕食シーンを見せてくださいませ!」

「ええー……」


 ウーロは頭を掻いて思案する。

 困った。イカ状態で魚を捕まえて食べるなんてこと、一度もやったことがないのだ。


 まあとはいえ、せっかく用意してもらった食事を残すというのも紳士的ではない。

 しかたないな、とウーロはこっそり息を吐いて服を脱ぎ始めた。まあ、なんとかなるだろう。





「ごちそうさまでした」

「最高!! 素敵!! かっこいいですわ!!!!」


 なんとかなった。


 体が知っている、とでも言うのだろうか。魚を前にしたウーロの体は自然に動き、いつの間にか魚はウーロのくちばしですり潰されていた。


「ああ……! 今の狩りの様子だけで、論文が三つは書けますわ!」

「楽しそうでなによりです」

「しかし……こうなると、直接手に取ってお口を観察してみたいところですわね。ウーロ様、くちばしだけ取り外せたりしませんかしら!」

「怖いこと言わないでください。……そんなにくちばしが観察したいなら、ほら。これでどうです?」

「まあ、素晴らしいですわ! これはイカの口の化石ですわね! これがあればウーロ様のお口の構造がよくわかりま……イカの口の化石!?」


 愉快な王女様だなぁ、とウーロは感心した。ノリツッコミだ。


「お……驚きましたわ。昨日この化石の話をしたばかりなのに、もう取ってきてらしたんですわね」

「ええ。昨日の夜ちょっと偵察のつもりで行ってきたんですが、いけそうだったのでそのまま侵入しました」

「さすがですわ! きっとウーロ様なら楽勝だったのでしょうね!」

「いやまあ、実はそうでもなかったんですが……」


 昨夜の激闘を思い返してウーロは苦笑する。実際、わりと紙一重で死んでいた。


「まあそれはともかく、です。たしかその化石を取ってくることが教団のためになるという話でしたよね?」

「ええ、その通りですわ! やっぱり計画けイカくの詳細はお伝えできないのですが……。しかしこの化石があれば、とある儀式を行うことができるのですわ!!」

「儀式、ですか」


 なにやら妖しげな響きの単語に、ウーロは首をかしげた。宗教団体らしいといえばらしい言葉ではあるが。


「その儀式をすることで、この教団がより発展するわけですか」

「そういうことですわ! ……そうですわね。儀式の詳細についてはお伝えできませんが、どうして儀式を行う必要があるかについてはお伝えしておいたほうがいいですわね!」

「ああ、それは話せるんですね。でしたら聞いておきたいです」


 ウーロの言葉にスフィラはうなずいて口を開く。

 その瞬間、スフィラの表情にどこか陰りが見えたようにウーロは感じた。ウーロの前では常に高すぎるテンションを維持していたスフィラだけに、どうにも気になる表情の変化だった。


「……実は。最近教団に、不穏分子が紛れ込んでいるのですわ」

「不穏分子、ですか」

「ええ。わたくしの話はすべてデタラメで、王国イカ教会は大量の信徒を集めて利用するために作られたものだ……という話を、信徒たちに言いふらしている者がいるようなのです」

「……なるほど」

「本当はウーロ様が教祖であることを信徒たちにも知らせたいのですが、それができないのもこのせいなのです! いまのウーロ様は闇魔法が使えませんから、それを根拠に『イカが闇魔法を使えるというのはそもそも嘘だった』ということにされてしまうのですわ!」


 されてしまうというか、それが事実なわけだけど。ウーロは内心でそうつぶやいた。


 しかしまあ、ウーロが思っていたよりもだいぶ深刻な話だった。

 スフィラの発言はすべて嘘と、そういう意見があること自体は当然ではある。なんせスフィラの説くイカ=真の支配者ルーラー論には、具体的な根拠が存在しないのだ。

 だが、とウーロは考える。わざわざ教団に紛れ込んで、信徒たちの間にそういうことを言いふらしている……というのは少しばかり奇妙だ。


「動機が不明ですね。教団を潰したいなら王政に密告でもすればいいだけですし、わざわざそんな回りくどいことをする理由がない。犯人の人物像が見えません」

「……ああいえ。誰が主犯格かは見当が付いているのですわ。その、目的も……なんとなくは」

「え。あ、そうなんですか」

「ええ。まだ確定しているわけではありませんが……」


 そのスフィラの言葉は、どことなく奇妙な響きを伴っていた。

 まるで自分の予想が外れていることを願っているような、そんな奇妙な響きを。


「とりあえず、主犯格だと疑われる人については今のところ深く聞きません。俺が知っていたところで何かの役に立つとも思えませんし」

「……! ふふ。優しいんですのね、ウーロ様は」

「それで? その話と儀式の話がどう結びつくんですか?」

「ええ、その話でしたわね。実はですわね! 儀式を行えば、イカが闇魔法が使えるという事実を証明できるのですわ!!」

「……おお」


 興奮げにまくしたてるスフィラに、ウーロはにっこり微笑んでうなずいた。


「なるほど。たしかにそれが信徒たちに証明できれば、その不穏分子が何を言いふらしても問題ないですね」

「ですわ! 信徒たちの信仰心もよりいっそう強くなるでしょうし、ウーロ様が教祖であることも明かせるようになります。イカが闇魔法を使えることをすでに示しているなら、ウーロ様がいまは闇魔法を使えない状態だと明かしても問題ないでしょう!」

「それは素晴らしいですね!」

「……。あ、ええ。そ、そうなのですわ! まさにこの儀式こそ、現状を改革かイカくする妙手なのです!!」


 そう宣言してスフィラは胸を張る。

 そんなスフィラにウーロは頬を緩めて、


「ところで、スフィラ王女。話は変わるんですが」

「? なんですの、ウーロ様!」

「よければ朝食を取っても構いませんか? イカの状態で食べた物では、人間時のお腹は膨れないみたいでして」


 ……そんなわけで。

 その後ウーロはスフィラ王女がはりきって作ってくれた手料理をすべて平らげ、笑顔で料理への賛辞と感謝を述べた。


 味は(調理器具の限られた地下室で作られたことを加味しても)驚くほど悪かった。ステータスの振り分けが極端な傾向にあるスフィラ・アクォークだが、どうやら料理スキルにポイントは振っていないらしい。

 次回以降は自分が調理を担当することを、ウーロは内心で固く誓ったのだった。





「……さて」

「どうしたんです、ウーロさん。昨日の件についての感謝ならもう聞きましたが」

「いや、今日はそれとは別件」


 腹ごしらえを終えたあと、ウーロは雑然とした倉庫にいた。

 王都都市警備隊の宿舎にある倉庫だ。ウーロを案内したシルピュアが倉庫の扉に鍵をかけて振り返る。


「ま、人に聞かれたくない話というくらいですからね。どうしたんです?」

「うん。単刀直入に言うとね」


 ウーロはひとつ、小さくため息をついた。


「スフィラ王女が、俺を裏切っているかもしれない」

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