俺は友達が少なゐ

「な、なにも――がっ!?」

「どうし、っ!?」


 今一度確認しておこう。

 ウーロテウティス・アンバーグリスは、強い。


「かはっ、あ」

「っ? か――」


 夜のダイロング化石博物館。

 フードに仮面(イカじゃないやつ)を付けたウーロが、大剣の柄での殴打と魔法攻撃を組み合わせて、警備兵たちの意識を速やかに刈り取っていく。

 ダイロング化石博物館は国営施設であり、警備兵たちは仮にも訓練を受けた王国の正規兵だ。そんな彼らが、魔法具を使って通報する暇もないままに蹂躙される。


 スフィラと博物館強盗の話をした、まさにその日。

 偵察のためにダイロング化石博物館を訪れたウーロは警備の隙を見付け――そしてすぐさま、イカの化石強奪作戦を開始していた。


(スフィラ王女の情報によると、警備兵間の定時連絡がおよそ月の針六つ……つまり一時間おきに行われる。この一時間のタイムリミットが来て異常が博物館全体に知れる前に、目標の化石を手に入れて脱出する……!)


 ウーロがこれほど急ぐのには理由があった。


『……現在最も多くの魔候を葬っている剣士、『絹雲けんうん』。この人物については、当然ウーロ様はご存知ですわね』

『もちろん。俺が知る限り、間違いなく人類最強の人物です』

『……ウーロ様がそこまで言うほどですのね。でしたらなおさら気を付けてください。『絹雲』は現在、王都都市警備隊の隊長職に就いていますわ』


 つまるところ。

 博物館の異常が通報されれば、間違いなくその『絹雲』が出張ってくるのだ。


(それだけは絶対に避けなきゃいけない。うん、だから警備兵に通報の暇は与えないし、俺は侵入がバレる前に脱出する)

「えっ? あっ」

「なに――かっ」

(……とはいえ、どうやら問題なさそうだ。警備兵たちの練度はそれほど高くない)


 風魔法による高速移動。気配を消す技術。意識を奪う攻撃の正確さと速やかさ。

 十九年の人生でウーロが培った技術が、警備兵たちに通報の隙を与えない。


「わわっ!? ちょっちょっちょっ――」

(…………)


 展示室に壁にもたれかかってサボっていたらしい男の後頭部に、絶妙に調整した威力の殴打を入れる。

 確実に気絶はさせるが、絶対に死亡はさせない。いっそ芸術的とすら言える攻撃が、不真面目な男の意識を刈り取り――


「ん? ゐたくなゐね、あんまり」

「!」


 刈り取らなかった。

 不真面目な男は壁にもたれかかった体を起こし、驚いた表情のままウーロを見つめている。


 威力の調整を間違えたか。そう思ってふたたび攻撃の態勢を取ろうとしたウーロだったが、


「よゐしょっ」


 不真面目な男は左手を横に突き出し、展示された化石を守るガラスを突き破った。

 魔法で強化されているはずの展示用ガラスを、素手で。


 さらに男はガラスの中に入っていた飛竜種の化石の一部をわしづかみにすると、


「…………」

「うん、うまゐッ! 口当たりはゐゐのにちゃんと濃厚さもある。やっぱり国立ともなると出す料理も一流だなぁ!」


 ぼりっ。ぼりっ。

 男が化石をかみ砕く音が、夜の博物館の静かな空間に響く。


 ウーロの視点から見ても、明らかに人間ではない。魔族だ。

 加えて、立っているだけで感じる圧倒的な威圧感。そこから察するに、ただの魔族ではなく――


「……『魔候』。なぜこんなところに」

「なんでなんでって、ごくん! くだらなゐことを気にするなあ! そんなことはどうでもゐゐだろうに!」


 そう笑って、男は食べ残しの化石を後ろに放り投げる。


「出会ゐはいつだって唐突で、ご丁寧に理由など備えておいてはくれなゐ。そうだろう? ウーロテウテゐス、アンバーグリス君!」


 『魔候』ハルレイキアは、ひょろりと長いその体をゆるやかに折り曲げてウーロに一礼した。


「さて! おゐしいものを食べて元気もでたところで、俺のことを話そう! 俺は『八十七魔候』のひとり、名前はハル――あれっ」


 言い終わる前に、その首は宙を舞っていた。

 ウーロが床を蹴って飛び出し、すれ違いざまに大剣で首を切り飛ばしたのだ。


「悪いけど、時間がないんだ。魔候だろうがなんだろうが、一瞬で片付けさせてもらう」

「おゐおゐッ! おゐおゐおゐおゐッ!」


 ウーロはため息をついて振り返る。

 落下中の男の首が怒りを露わにして、ウーロを睨みながらまくし立てていた。


「お前お前お前なんてことするんだ! お前、俺の立場になってみろ! 話してる途中に首を切り飛ばされたらどんな気持ちになると思ゐます!?」

「『獄炎ヘルファイア』」

「うわぁっ!?」


 切断では死なないなら、次の方法を試すだけだ。超高温の炎がウーロの左手から放たれる。

 すべてを灰に変える地獄の炎が魔候の首と胴体を呑み込もうとしたその瞬間、魔候の胴体が右手を振る。


 するとそれだけで、ウーロが放った炎は消え失せた。まるで最初からそこに存在しなかったかのように。


「常識というものがなゐなぁ、まったく。博物館で火を使うのはゐけなゐことだぞ!」

「……わざわざかき消した。つまり、当たりさえすれば炎は効くのか」

「なあ、多分だけどお前、友達少なゐだろ! だってお前、お前俺と全然話が成立してなゐぞ!」


 落下した首を受け止めて自分の胴体にはめ込みながら、ハルレイキアはぷんすこと怒る。


「ちなみに俺はけっこう友達が多ゐぞ! 友達を作るのは難しゐことじゃなゐんだ。ちゃんと相手あゐての立場に立って、きちんと対話たゐわをすれば――あっ」


 はめ込んだばかりの首がふたたび宙を舞った。加えて今度は、両の腕もそれぞれ切り飛ばされている。

 そしてウーロは、今度はハルレイキアの目の前で立ち止まってその胸に左手を押し当てた。


 この距離なら炎がかき消される前に体を燃やせるし、そもそもさっき炎を消すのに使っていたらしい腕はすでに胴体に付いていない。

 相手の力量を冷静に読み解いたウーロの、正確かつ迅速な勝利の一手だった。


「うまゐ! さすがウーロ君!」

「『獄炎ヘルファイ――」

「ごらあっ!!」


 ウーロの体が、突如として宙を舞った。

 突如として出現した巨漢が、ウーロの体を思い切り殴り飛ばしたのだ。


「ごらあああああっ!!!!」

「はっはっは、見ろウーロ君! 俺は友達が多ゐので、こうゐうときに助けてもらえるのだ!!」

「っ、が、あ――!!」

「やっぱてめえ負けてんじゃねえかごらあ! だから俺は言っただろ! 最初から全員で行くべきだってよぉ!」

「おお! 助けてありがとうゴラウブ! やっぱり持つべきものは友達だねっ!」

「話聞けや!」


 殴り飛ばされたウーロの体が、博物館の壁にぶつかって止まる。


 どさり、とウーロは床に崩れ落ちた。のたうち回りたくなるような激痛が全身をめぐる。

 とっさに防護魔法を張ったはずだが、それでも左半身の骨は粉々に砕け散っているようだ。なんの対応もなしにあの殴打を受けていたら、まちがいなく一撃でミンチにされていたことだろう。


「まあぶっちゃけ、俺の雇ゐ主が俺のことを信用してくれなかっただけなのだけれどね。すでに四体よんたゐの魔候を撃破してゐるウーロ君に、ゐまさら魔候単騎じゃどうにもならないだろうって。なので――」

「見て、ハルレイキア! ハルレイキアの右手、拾ってきたよ!」

「『魔候』三体さんたゐで袋叩きにさせてもらう! ……あ、ありがとうネプト。でももし君がよければ、左手も拾ってきてくれるとすごく嬉しゐなぁ!」


 回復魔法で左半身を治療しているが、動けるほどに回復するまで一分はかかるはずだ。

 その間、なんとか時間を稼ぐ必要がある。ウーロはハルレイキアたちの方をうかがった。


 ……薄暗い博物館。照明用魔法具のわずかな光に照らされて、三つの影が蠢いている。


 まずはハルレイキア。さっきからウーロと戦っていたひょろりとした長身で、茶髪に黒い目。

 見た目は普通の人間の男と変わらない。首や腕を体にくっつけようと悪戦苦闘している。


 ゴラウブと呼ばれた、ウーロを殴り飛ばした魔族。暗い博物館の中だと一見人間の巨漢だが、よく見ると頭が豚だ。腕も異様に毛むくじゃらで、明らかに人間のものではない。


 ネプト。ハルレイキアの腰くらいの高さの、可憐な少女――

 いや、よく見るとぐにゃぐにゃと蠢く謎の肉塊だ。だがなぜか、注意を集中していないと美しいブロンドの髪の少女に見える。


 そして全員に共通しているのは、存在するだけで周囲を威圧する圧倒的な存在感。

 ハルレイキアの言葉に嘘はない。間違いなく、全員が『魔候』だ。


「よし、くっつゐた!」

「わあ! よかったね、ハルレイキア!」

「腕を先にくっつけるのがコツだったよ! 腕がくっつゐてゐれば、それを使用して首をくっつけることができるんだね!」

「おいごらあ、くだらねえ話はそのへんにしとけ。あいつが回復する前にさっさととどめ刺すぞ」

「あ、待ってくれゴラウブ君。俺はもうちょっとウーロ君とお話がしたゐんだけれどもね――」

「黙れ。俺があいつを殴り殺す。お前は魔法に対応しろごらあ」

「えー……。ウーロ君とはゐろゐろお話したゐことがあったのだけれどなぁ。まあゐゐや、ここで本当に死ぬ程度てゐどなら、それはそれで」


(……まずいね)


 左半身はまだ回復しきっていない。いま戦闘が始まれば、かなりの不利を強いられることだろう。


 ウーロはよろよろと立ち上がり、右手に大剣を構える。

 左足だけを集中的に回復し、なんとか立ち上がれる程度に回復させたのだ。当然この状態で動き回ることなどできないが、魔候たちが警戒して時間をかけてくれれば他の部位を回復する時間が稼げる。


「わっ! すごいね! もう立ったよ、あの人!」

「本当だねぇ、ネプト。でもあれは半分くらゐハッタリだと思うけどね」

「ああ。あれは左足だけ、立ってられるギリギリまで回復させてんだよ。他の部位まで回復される前にケリつけんぞごらあ」

(一瞬でバレた……)


 それでもウーロは一縷の望みにかけ、話術で時間を稼ごうと三人の魔候に語りかける。


「待ってくれ、話がしたい。実は俺は」

「黙れ喋るな死ねごらあ」


 ハルレイキアの隣にいたゴラウブの巨体が、一瞬にしてウーロの目の前に現われる。どうやら瞬間移動がゴラウブの固有魔法らしい。

 すでに振りかぶられていた拳が、ウーロの顔面を打ち砕かんと振り下ろされる。ウーロの左足は体重を支えるだけで精一杯で、回避行動など取れる状況ではない。


 つまりウーロは、完全に詰んでいた。






 ――と、ゴラウブは思っていたようだったが。


「な……なんだとごらぁ!?」


 ゴラウブの拳は博物館の壁に巨大な穴を空けたが、そこにあるはずだったウーロの頭はなぜかなかった。

 絶対に回避できない状態だったはず。混乱するゴラウブは、たしかに見た。


 足下でぴちぴちと跳ねる、白く奇妙な生物の姿を。


「ご、らぁ?」


 次の瞬間、ゴラウブは上半身と下半身に両断されていた。


「きゃあっ! ゴラウブさん!?」

「おゐおゐ! 俺の友達が減ってしまうことをするのはやめてほしゐなぁ! 俺が友達の少なゐやつみたゐになったらどうするんだ!」

「……。ふう」


 床に倒れ落ちるゴラウブ。

 そしてその前には、全裸で大剣だけを握るウーロの姿があった。


「きゃああああっ!!!! やだ、あの人えっちな格好してる!」

「……とりあえず、うん。この魔候は体を真っ二つにすれば死んでくれたみたいだね。助かるよ」

「おゐ! おゐお前、ひとつのゐのちを奪っておいてそのゐ草はなんだ! たとえ頭が豚でも、そんなことは殺してゐゐ理由にならなゐんだぞ!」

「さて」


 あと二体。

 ウーロはふたたび、ゆらりと右手だけで大剣を構えた。


 すでに時間を掛けすぎている。さっさと片付けよう。

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