第30話 若者の笑顔を奪うおっさんは――悪だ
身形を整えてすぐ、テレジア殿は大本営へと向かって行った。
俺たちを心配させない為に「それが役目なら仕方ないですね。行ってきます」と、儚い作り笑顔を浮かべ銀色の美しい髪を
そうして俺たちも間もなくに迫ったゲルティ侯爵の
俺もテントを出て、大本営を囲むように居並ぶ大量の兵の中に身を置く。
「……テレジア殿の作り笑顔は、見ていて気持ちの良いものじゃない。若者にあんな顔をさせるなど、おっちゃんは嫌だな」
整列する兵の中に佇みながら、俺は思い出し呟いてしまう。
あの笑顔は見ていて辛かった……。
テレジア殿は聖女と
「テレジア殿の本物の笑顔は、もっと
何か俺に出来る事はないのだろうか?
そう思いながら、時を待っていると――。
木製の演説台に、ゲルティ侯爵が
遠く離れた位置からだが、その薄汚い笑みが良く見える。
ゲルティ侯爵は
「――諸君。恩知らずのせいで不幸にも多くの犠牲を払う戦になったが……。我々は敵を撃退し、王都を護る事に成功した!」
声を張り上げ、状況を報告し始めた。
歓喜の声や
しかし……恩知らずのせいとは、なんだ?
何を言っているのか俺には――ルーカス・フォン・フリーデンの記憶を辿っても、良く分からない。
一般兵と同じ記憶を有する俺がそうと感じるということは、居並ぶ多くの兵もそうなんだろう。
情報封鎖をしていたのかな。
恐らく、ゲルティ侯爵の言葉は一部の兵にしか詳細は知らない内容を指す発言なんだろうな。
ゲルティ侯爵は尚も高らかな声で演説を続ける。
「
ああ、もう先が読める。
これが――テレジア殿を急に呼び寄せた理由か。
「長い歴史上でも
国土の大半を奪われ、ジグラス王国兵に希望が必要なのは理解する。
だが……人の気持ちを考えはしないのだろうか?
「それでは改めて紹介しよう! 聖女様、こちらへ!」
聖女と呼ばれたテレジア殿は、ゆっくりと登壇してゲルティ侯爵の隣に並んだ。
だがゲルティ侯爵の意図を理解し、皆の希望となるならば、と。
そう考えているのか――集った兵士へ向かい、作り笑顔を浮かべた。
「知っての通り、全17名の
「……テレジア・ド・ノルドハイムです」
作り笑顔を浮かべ、お辞儀をしたテレジア殿を見て――兵も「おお、聖女様」、「なんと美しい」、「……神々しい」と魅了されている。
信仰に厚い者は、両指を組んで祈りすら捧げている。
「諸君、我々にはガンベルタ神が味方しているぞ! その証拠に聖女様が誕生してから――我々は数倍もの兵力差を
静まりかえっていた兵士たちが、ゲルティ侯爵の
ルーカス・フォン・フリーデンの記憶に照らし合わせても――丁度、時期が一致してしまう。
これは……俺の責任もあるのかもしれない。
テレジア殿が政治利用される原因となったからには、どうにか挽回せねば。
「
この侯爵――34歳と言う、おっさんに片足を突っ込んだ年齢だと言うのに……。
なんと
なんと
なんと
「これより我らは王都に戻り、しばし
ワッと、兵たちが歓喜の声をあげる。
生きて帰れると言う喜び。
聖女が味方をしていると言う、希望。
それらが合わさり――喜びの声が轟いている。
「ぶわっはははっ! 良い声だ!」
このまま王都へ
それぐらい、俺がこの世界へ転生する
解散を前に兵を
だが、その為に――望まぬ若者へ旗印となるよう強要するのは、違うだろう!?
「それでは各部隊長を中心に、帰国の準備を進めよ! 王都に戻るまでが出兵だと忘れるな。それでは――行動に移れ!」
「「「はっ!」」」
そうしてゲルティ侯爵は、ご機嫌に演説台を降りて行く。
テレジア殿も、最後にもう1度お辞儀をしてから降りて行った。
「……なんて強い若者だ。強く――そして痛ましい」
政治的にも、国を守る騎士としても。
この手法は有効なのかも知れない。
だが、このままでは俺の……。
俺の大義を成すべき刃は――歯止めが効かなくなりそうだ。
兵たちは、喜び勇んで行動に移っている。
そんな中で俺は――立ち尽くし、動けずにいた。
手が無念さに
唇が胸から
「――ゲルティ侯爵は、人の形をした鬼か。……ああ、テレジア殿」
降壇する時、ふと見せた表情が――脳裏を離れない。
「俺は、
初めてテントでお目にかかった時――「こんなおっちゃんにも優しくしてくれるテレジア殿は、俺にとっては聖女です」。
そう話した時に見せてくださった――本物の笑顔が。
俺が手柄をあげ、無事に帰陣する度に見せてくれた、心からの笑顔が――今は陰ってしまっている。
俺は、こんな――。
「――若者の笑顔を奪うような……。
人の振り見て我が振り直せとは言うが……。
今生の俺は――武士道と恋の道を探究するだけでは、散る時に満足が出来そうにないな。
深みのある
どうすれば、テレジア殿の笑顔を再び取り戻す事が出来るだろうか?
これまでの経験やテレジア殿との会話や思考を読み、
そうこうして悩んでいるうちに、全兵が王都に向けて歩みを始めた――。
―――――――――――
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