第28話 2度目の報告

 奇襲の成功。


 その戦果と詳細を報告すべく、俺とエレナさんはゲルティ侯爵やササ伯爵の居る作戦本営へとやって来た。


 衛兵に告げ、再びエレナさんと一緒にゲルティ侯爵やササ伯爵への目通りを許されたんだが――。


「――エレナ男爵、私の指示した作戦の実行、見事だった」


「……いえ、私は何もしてません。全てはこのルーカス・フォン・フリーデンの功績です」


「ふん……。いいや、違うな。エレナ男爵は謙遜けんそんしているのだな? 敵の急所きゅうしょを突く私の指示と、貴女の魔法力があればこその戦果だ」


「断じて違います」


 ゲルティ侯爵の指示では無い。

 自分の手柄でもない。


 そう主張して曲げないエレナさんに、ゲルティ侯爵は眉間に短いしわを寄せ、苛立いらだちをあらわにしている。


 そうして、ゲルティ侯爵は嫌味いやみな表情を浮かべ――。


「――実家の大罪へを少しでも軽減すべく、エレナ男爵が私の指示の元、奔走した。……もう一度だけ聞くが、そうだな?」


 圧をかけるような、低い声で言う。

 エレナさんは少し押し黙った後、それまでと変わらない冷静な……。


 いや、何処どこか諦めを含ませたような声で――。


「――違います。私は独立した男爵だんしゃくとして、ルーカス・フォン・フリーデン指揮の下、ジグラス王国の為に戦いました」


 そう、意志を曲げずに主張をした。

 ゲルティ侯爵やササ伯爵は舌打したうちをし、忌々しそうな表情を浮かべている。


 ゲルティ侯爵の眉間にったしわが、更に深くなった。

 己の意志を貫く立派なエレナさんに対して、コイツらの盆暗坊ぼんくらぼっちゃまぶりは顕在けんざいだな。


 対話をせずに斬るのではなく、俺がお灸を据えたのも効果はなかったらしい。

 つ子のたましいひゃくまでとは、言うが……。


 30年もので曲がった性格は、終生しゅうせい変わらないのだろうな。

 しかしエレナさんの実家の犯した大罪たいざい、か。


 彼女自身が口にしたくなさそうだから、信用して話をしてくれるまでは黙っているつもりだが……。

 ここまでの大功たいこうを上げたのに、まるで罪人のように扱われるとはねぇ。


 一体、どんな過去があるのだろうか。


 情報を掴み、手助けが出来るなら――陰ながら助太刀をしたい。

 彼女は俺という中身おっちゃんを邪険にしない聖女であり――最早、背中を預けた戦友だ。


 情報を知っていそうな伝手つてを探ってみるか?


 人を斬るしか取り柄がない。

 無学文盲むがくぶんもうで準男爵家の3男と身分もない俺だ。


 そんな未熟な俺だが――微力びりょくだろうと、解決に力添えしたい。

 恩に恩で報いないのは、サムライとしても人間としても名を汚す恥ずべきことだからな。


「そうか。頭の良いエレナ男爵だ。……これがどう言う意味か、分かっての発言だな? 私からの最後の温情おんじょうを、ふいにするのだな?」


「……これが私の選択です」


「……愚か者めが。ならば――」


「――お、お話中に失礼します! ゲルティ侯爵閣下に急ぎの伝令です!」


 ゲルティ侯爵がそこまで言った所で、慌ただしく伝令兵が駆け込んできた。

 忙しなく膝を付くと――。


「――野に出ていた敵軍が全軍、撤退しました! 一部がとりで城下街じょうかまちへ向かい、他の兵はラキバニア王国へと戻るようです!」


 実質的な戦の終結を意味する言葉だった。

 本来なら追撃戦ついげきせん仕掛しかけて打撃を与えるべきだが……。


 とりで城下街じょうかまち占有せんゆうされ、この陣は時間稼ぎに徹する布陣で敵軍からも位置が離れている。

 追撃戦は難しいか。


「そうか! ならば一刻後いっこくごに全兵士を集めよ! 我らも帰国するに従い、私がみずかにぎらいと指示を出す!」


「はっ!」


 ゲルティ侯爵は上機嫌にそう言うと、ササ伯爵と共にワインを飲み交わした。


 戦勝に浮かれ、朝から酒か。

 良い御身分だな。


「聞いていただろう?……もう去れ」


 俺にはなんの言葉もなし、か。

 発言の許しはおろか、顔を上げろとすらも言われなかった。

 関わりたくないのが鮮明せんめいに伝わってくるな。


 そんなに深く頭を垂れてなかったから、俺からは顔も見えてたけどね。

 まぁ俺としても――しゃべらずに済んだのは、都合が良かったのかもしれない。


 エレナさんにこのように冷淡な対応をされて、今は怒りで剣を抜かないように自制するので精一杯だ。


 流石にここで俺が斬り処刑されれば――じんあついエレナさんの心に傷を残すだろう。

 今は、耐える時間だ。


「……失礼します」


 結局、俺は一言も口にせず大本営を後にした。


 終戦しゅうせんく陣。


 隣を歩くエレナさんに話しかけようとしたが――。


「――ありがとう。私も帰国に向け準備する。それじゃ」


 彼女はそれだけ口にして、走り去ってしまった。

 実家の事を尋ねられるのが嫌だったのだろう。 

 ならば、俺も深くは尋ねない。


「……キチンと馬の世話をした後、テレジア殿へ無事に戻ったと挨拶に行くか。さりげなくエレナさんの実家についても聞けると嬉しいな」


 一緒に戦場を駆けた馬へ水やエサも与えなければいけない。

 そう言った世話もせずに、王都まで歩かせるなど有り得ないからね。


 浮かれず、成すべき事を成すのみだ。


 まだ正式に帰国だから陣を引き払えと指示は出ていない。

 それでも、誰もがこの絶望的だった戦場から去りたいのだろう。


 噂が広がるのも早い。


 帰国の準備でテントを引き払いながら、どの者も表情を明るくしていた。

 そうして馬の手入れを終えた俺は、浮かれている兵士の1人に声をかける。


「すいません、テレジア殿のテントは何処か分かりますか?」


「ああ、聖女様か? 聖女様のテントはあっちだよ! 第3魔法師団が駐在してる陣の方だ」


「ありがとうございます」


 快く教えてくれた兵士に頭を下げ、指で示された方角へ向かう。

 そうして何度か聞くのを繰り返し――。


「――このテントか」


 やっと辿り着いた。

 やれやれ、1つのテントを探すのも大変だな。


 肉体は元気だが、おっちゃんの精神は怒りを抑えたりなんだりで疲れたよ。

 早くテレジア殿――俺を邪険じゃけんにしないと言う意味での聖女へ挨拶をしたい。


 彼女と話すと、それだけで癒やされるからね。


「テレジア殿。ルーカスです。無事に戻ったので挨拶に――」


「「――ぇ」」


「え?」


 布1枚をめくり、簡易的なテントの中を見ると――裸のテレジアさんとエレナさんの姿があった。


 あ、これ……おっちゃん、逮捕だわ――。



―――――――――――

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