第23話 大きな――

 夜闇よやみに紛れ、ラキバニア王国兵の軽鎧けいがいを鳴らしながら進む事――数刻すうこく


「……尿意にょういが。飲み食いをすれば、当然だよな」


 この異世界にルーカス・フォン・フリーデンとして第2の生を受けてから、思えば初めての尿意だ。

 夕食を食べたからな、それは出るだろう。


「いやぁ、このタイミングはラッキーだ。まさか、おっちゃんの下半身を女性に見せつける変質者へんしつしゃになる訳にも行かないからな」


 思えば、自陣では殆どの時間をテレジア殿やエレナさんと過ごしていた。


 何がセクハラに抵触ていしょくするかも分からないし……。

 おっさんが用を足している姿を万が一にでも2人が目にすれば、精神にショックが残るかもしれない。


「肉体は若いから、生前せいぜんよりはマシだろうがね? それでも、男の一物は一物だ」


 俺は草木くさきしげみに隠れ、用を足すため下の衣服を脱ぐ。

 そうして、自身の下半身を目にして――。


「――こ、これは!?」


 この世界に来てから――一番の衝撃を受けた。

 テレジア殿の致命傷すら癒やす治癒魔法を見た時よりも。


 そしてエレナさんの見事な攻撃魔法を目にした時よりも――余程激しい戦慄せんりつを覚える!

 なんという――屈辱くつじょく

 何という――敗北感はいぼくかん


「おお……。外国人のは大きいと聞いていたが……。こ、これは鍛錬たんれんでは勝てない。歳を重ねたおっさんが、男の象徴しょうちょう恥辱ちじょくまみれるとは……。武士ぶし名誉めいよけがされた気分だ」


 生前の俺が小銃だとすれば、ルーカス・フォン・フリーデンの一物は――正に大砲!

 男として、これ程に敗北感を感じる事があるだろうか!?


 鍛錬で伸びるものではないのも、よりショックがデカい。


「ぐ、ぐぬぬ……。ルーカスよ、俺は貴殿を認めよう!」


 ルーカス・フォン・フリーデンは、器がデカイ!

 ん?


 思えば今、この身体は俺のものでも有る訳だが……。

 しかし、借り物の器だからな。

 やはり、敗北感は拭えない!


「慣れるまでは見る度に衝撃を受けそうだ。はははっ!」


 この光景を――テレジア殿やエレナさんに見られなくて良かった。

 用を足しながら、独り言を呟き、勝手に打ちひしがれている。

 それはまるで酔っ払ったおっさんのように、痛々しい光景だっただろうから。


「むしろ、人前で衝撃に打ちひしがれる恥をさらさなかったのは幸運! なんだ、考えようによっては良い事尽くめじゃないか!」


 発想の転換が大切だ。

 大切な任務を前に気を引き締めるのも大切だけど、ある程度余裕を持って行かないとな。

 さて、スッキリとしたし行軍を続けよう。


 草木くさきしげる道を通り、脳内の地図に従い早足で駆ける。

 流石にラキバニア王国兵も陣を後退したのか、思ったよりも遠い位置にいる。


「それはそうか。……恐らくだが、べつとりでなどにいる高位の指揮官が出張ってくるんだろう。その者に統制を取り戻される前に、到着せねばな!」


 伝令でんれい出兵しゅっぺいで数日はかかるだろうが――混乱の最中の方が、何ごとも工作は行いやすい。

 急ぐとしよう。


 深夜になろうかと言う――逃亡兵とうぼうへいが最も出やすく、また1度逃げた兵が戻って来やすい時間。


「ん? おい、止まれ! 何者か!……その鎧は、我が軍の兵か? 所属と名前を言え!」


「お、俺の名前は――」


 当初は怪しまれていたが……。


「はぁ……。また脱走兵が戻ったか」


「あ、あの……。俺みたいな者が、多かったんですか?」


「ああ。ひど混乱こんらんで子爵や将軍を失ったからな……。だが軍全体は大きな打撃を受けていない。そなたのように、続々と冷静さを取り戻した兵が戻って来ている所だよ」


「そ、そうなんですか! 良かった、罰せられるかと……」


「本当はそうしたい所なのだが……それを出来る指揮官が、な。残った上官方も色々と揉めているらしくてな……」


 ほう、残った上官たちが揉めている。

 これはいきなり、素晴らしい情報を得たぞ。


 最上位の指揮官を2人同時に失い、権力闘争が起きているのなら――余計よけいに敵陣で行動をしやすい。


一先ひとまず、戻って来た兵はまとめて再編するそうだ。おい、連れて行ってやれ」


 負傷兵から聞き出した情報を子細しさいに語ると、齟齬そごがないと確認されたのか――陣へと通るのが許された。


 脱走兵が相次いでいた状況も、幸運だったな。

 見張りのリーダーらしき兵は、隣に居た若い兵へ案内するよう指示をする。


 若い兵は返事の代わりに頷き、あごをクッと動かす事で、俺へついてくるように指示をした。

 駆け足でその背を追い歩いていると、良い飽きたような口調で兵士が言葉を発する。


「既に食糧の配給は終わったから、明日の朝まで待て。明日には武器も配給されるだろう」


「は、はい! それはもう……。なんなら以前は部隊の食糧や補給物資ほきゅうぶっしを取りに行く役目をしていたんですが……」


「ほう、そうなのか? ならば新たに再編される部隊でも同じ役目となれるよう進言しておこう」


「あ、ありがとうございます!」


 よしよし。

 万事順調だ。

 明日には新たな配属先も伝えられ、武器ぶき備蓄びちくも渡してくれると言う。


 何より食糧や物資の配給に関わる役目に就ければ、それだけ俺の狙いも果たしやすくなる。


 新たに配属される小隊長しょうたいちょう、そしてまとげる予定の中隊長に挨拶をして――俺は敵軍の中を大手振おおでふるい自由に歩けるようになった。


「……よし、成功だ。持ち場から逃亡したり、行き場を失った痛々しい者も沢山見ている。――おっちゃんだからな。彼らを見聞みききして学び得た特徴とくちょう真似まねれば、容易たやすいもんだね」


 潜りこむ事には、上手く成功した。

 後は明日の朝、食糧の配給場所や物資の備蓄場所を上手く探る。

 陣形や周辺の地形情報も得て起きたいな。


 そして何とか2日以内に見計みはからい、本命の工作を仕込むのみ。

 逃亡兵とうぼうへいが帰還したかのように振る舞うことで、命を賭した俺の斥候せっこう作戦第一段階は終了した――。



―――――――――――

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